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第2話『蒼天の歯車』  2-11『大樹から僕は』

自分の仕事が無い時間、宇氣火は決まってアギアと一緒だった。
2人の高技能は誰もが認めるものだった。
宇氣火がアギアに対し、女同士の友情以上の想いを・・・
伝える事も未だ無いままに抱いている事も、大半が気付いていた。

時折、僕の内に在る何かが、懸命に2人を否定しようと藻掻いていた。
性別の問題なんて、どうでもいい。
僕が手に入れられないものばかりを持っている2人が、
互いへの想いまでも手に入れようとしている現実が口惜しかった。

下水の中で倒れた時のように、
認めたくない泥水の窒息から僕は逃げるしか無かった。

それなのに・・・
高く高くを、アギアは飛ぶ。 飛ぶ事が、出来る。

管制塔のモニターに映る小さな
光点を僕は見つめていた。
音よりも速く往く
金属。それに乗るという狂気を思った。

僕らの世界に爆撃したのは、あれと同じ翼かも知れない。
もしかすると、あの女自身が僕らを破壊していたのかも知れない。

全長17.75m  全高4.12m  全幅6.68m
尖り過ぎの細い機体。直線的に広げた主翼と尾翼は薄く短い。

「まるで銀色の十字架ね。あの相似形・・・
 もしもわたし達がキリスト教徒だったのなら、どう思うのかしら?」

「あんなの・・・空に刺さるトゲみたいだ」

高空からの電送記録。
その整理補助をしながらも、僕らは本当の空を見る事が出来ずに居た。



スターファイターは本来、制空・要撃戦闘機だった。
機体形状は、迎撃時の
急速上昇能力を追い求めた為、
極限まで切り詰められ軽量化が行われた結果なのだそうだ。

しかしその反面、開発当初は電子装置の搭載空間に
余裕が無く、
開発国であるアメリカでの採用は少数に留まった。

加速してゆく為の形状。
ひたすら真っ直ぐに、ただただ速く、高き空へ上昇する為の機体

今、その機体が
初めて飛ぶ空間が世界中に在る。

武装であるM61A 20mm機関砲と空対空ミサイルを
外された機体が往く。
火器管制システムを大幅に削除・換装し、索敵能力が高められたとはいえ、
元々低空性能が
劣悪な機体で対空・対地索敵を順調に更新しているのは、
誰でもないアギア自身の異常に高い技能によるものだった。

それは、
地の果てを探す旅だ。
対地カメラと肉眼が、
世界を目視する。


飛び続けるアギア。彼女の肉体的・精神的健康を支える宇氣火。

宇氣火が的確な栄養管理と体力向上計画を立ててくれていたので、
僕らは肉体的には健康へと近づいていった。
それでも、僕らの心は痩せっぽちのままで、
僕らは地面の片隅で、不格好な歩みに挑んでは嘔吐していた。

町外れに
大樹が在った。
すぐ見える場所で在りながら、其処までの道は僕らには異国の如く遠く、
幾度も幾度も引き返すばかりだった。

ある日、僕らは気付いてしまった。
いつもよりも遠くへ歩いてしまった事に。

「帰るよりも、木陰の方が近いわ」
「どうする? 走ってみるか?」
「シンバドゥが走るなら、それでいいわ」

僕らは、前も上も見ずに走った。
あの日、地下壕の天井が崩れてきた時の様に。

乱雑になった呼吸で、喉の辺りまで酸化した様な味がした。
ひとかけらの充足と、帰り道に関して膨張してゆく不安。
ケロイドの様な樹皮、肉腫の様に節くれだって広がる大きな根。
僕らは大樹の陰で途方に暮れた。

それでも僕は、ゾニアの硬く美しい横顔を見た。
長い黒き睫毛を、涙の痕跡が潤していた。

今、僕はこの世界の中に来て初めて・・・
ふたりきりのままで他人達からいちばん遠く離れた事に気付いた。

物語の中で
無人島に流れ着いた恋人達を僕は夢想した。

もしかしたら此処は未だ、あの狭く臭く暗い地下でしかなくて・・・
僕らは何かの下敷きになりながら
終末の刹那に、
ただ
幻視しているだけなのかも知れないとも思った。
それならそれで、構わない。
よく解らない世界で嘔吐しながら生きるよりも、幻覚の中で腐ろう。


「何処にも行かない奴は、何処にも行けない奴だ」

毒々しい青空を背に・・・
アギアが居た。
宇氣火も居た。

僕の内に在る
精神の歯車が嫌な音を立てた。
“これだから、勝ち組の言い分なんて聞けない”と、
僕の内側で僕が言った。

「何処にも行けない人間の、何処が悪いんですか?」

僕らは、好きで動けない訳じゃないんだ。
何処に行ったらいいのか解らないのに、
何処に居ても殺される時間の中に居たんだ。

何もかも手に入れてる奴は、こっちを見ないでくれ。

ポーカーフェイスが僕の処世術だった。
それなのに、その時の僕は表情筋を使っていた。

「ウィドマが、新しい義足のお礼を電信してきたウキ。
 アギアが言ったのは、誰かを侮辱するのでは無くて、
 諦めない人間だけが何処かへ行けるっていう意味だウキ」

宇氣火は、そうして何時もアギアの的確な補佐をした。
僕がゾニアに対して出来ない事ばかりした。

「本当に何処にも行けない奴は、自分で道から目を逸らしてる奴だ。
 おまえらは、自分で此処まで歩いて来たじゃないか。
 働いて金を仲間の養育者達に送ってるし、義足も買った。
 おまえらは何処にだって行ける人間だ。
 イラつく前に胸を張れよ」

いつもと変わらぬ頬笑みのままで、アギアは真っ直ぐに言った。
自信を持てない種族に、太陽は毒なのに。

「おまえらは自分の人生に遠慮しすぎなんだよ」

ギアブルーの髪が揺れた。

軽く握ったままの両拳のままで、アギアは両腕を広げた。
スキャニガンがよくやる大芝居がかった感じでは無く、
ただ当たり前に鳥が翼を広げる様な流れが見えた。

「アギアは、貴方達を夕食に招待しに来たウキ」

先に歩き出したアギアの背を見ながら、宇氣火は告げた。
童顔の美しい微笑に、僕らは、ただ当たり前に恋をする少女を見た。

そうして宇氣火は、礼儀正しく会釈までしてくれた後、アギアを追った。
羽織った白衣が、呼吸するように舞った。
それから数歩ごとに僕らを振り返ると、大きな輝く瞳で僕らを見つめた。

「あんなふうな恋、できないだろうな」
「シンバドゥ、妬いてるの?」
「悪い冗談だ」
「ね・・・わたし、あんな髪の色なら良かったかなぁ?」
「あんなのがいいのか?」
「シンバドゥは、あの青、好きでしょ?」
「どぅって事ないよ、あんなの」
「そうなの?」
「そうさ」

ゾニアは、大樹から背を離すと、未だ微かに脚を震えさせながら立った。
未だスカートを履く自信が無いからと身に着けた大きめのジーンズの脚。

そうだ、僕は、護らなければならない。
誰かの様には永遠に想われる事がないとしても。

「あのふたりの料理、どう思う?」
「この町で最高の組み合わせね」
「冷めないうちに行ったほうがいいかな」
「負けないうちに行ったほうがいいわ」


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