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『大作戦日誌』20040801-20040831

20040801/001302
『テレビが出てきた日』
10月10日の『ヘドロかき出しツアー』は、毎日放送や朝日新聞からも取材班が来られていた。
毎日放送からは、撮影クルーとアナウンサーの西 靖(にし・やすし)氏が来訪。
三十路独身を番組でイジられているのだが、そのせいで主婦層の知名度が急上昇な人。
夕方の3時間番組『ちちんぷいぷい』は、職場のテレビでいつも視聴しているので何だか嬉しい。

10月12日の放送で、当日の模様が放送されていた。
実は今回、西アナウンサーと同じ作業班だった。

その事もあって、数分間の当日映像中での露出度高し。
作業終了後の、温泉入浴シーンまであってしまったり !
 
まぁ、自分の作業姿がテレビ放映されるというのも、なにやら奇妙な感覚だ。

自分が子供の頃・・・そして当時という時代ならば、結構な人生事件だっただろう。
溢れる情報の大海で僅かな一点ともなり得ない今という時代において、
TVに映った程度では、個人レベルに帰結する出来事に過ぎない。

大多数の人々には、画面内の一般人が誰であるかは問題では無い。知る事もない。
それは勿論、解ってはいるので、画面への露出が嬉しいというよりも、
それを観ている自分という位相構造が面白かった。

過ぎ去った時空間を記録再生させるのは、個人でも可能。
しかし、能動的に自己撮影したビデオではなく、そこには“不意”が在る。

カメラを意識する余裕も無く、ニュートラルな自分の動作や表情が記録されていて、
そしてそれが放映されているという、奇妙。
そしてそれが誰であるのかを知る者は、少数に過ぎない。
 
自分というフィルターをも通しているのだから全然アテにはならないが、
思ったよりは気負っていない表情にも、見えた。

人間は、同一体同時存在が出来ない以上、自分の姿を肉眼視できない。
鏡に映るものは鏡像であり、モニターに映るものは虚像。

それでも、放送されている自分の映像に、
「マダマダやから、もちっと、頑張れ」と、思う。

20040802/001303
『それでも船は帰る』
ちなみに、メディア未露出なれどインタビューは、ほぼ全員が受けている。
ビデオは撮影されていたので、局倉庫にてデータは残存するのかも知れない。
もはや、それを知る事も見る事も無いのだろうけれど。
 
インタビューの際、当然の如く・・・“参加動機”を尋ねられる。

言葉がまとまらないまま、「おたがいさまですから・・・」の様な事を、しどろもどろに。

こうして書いているうちに来てしまった台風23号の大規模被害でも実感しているのだが、
被害の格差や罹災率などは、本当に“僅かな確率差”だ。
今まで被災する事が無かった都市部でも安心できないという事が、残念な程に実証されている。
だから、「おたがいさまだから」という理由は、正直な自覚だ。

それでも・・・
気負って挑む事が必ずしも良いとは限らないとかどうとか以前に、自分は、
どうにもなんだか「気負い無さすぎてたかなぁ」という反省は感じてたりもする。
 
同じ日に参加した方々は・・・
フリーターであったり学生であったり警察官であったりしながら、ボランティア経験豊富だったり。
「被害は無かったものの祖母が近くに住んでいる縁もあって、手伝いにきました」と、
2人の意見が素直に一致して参加となった美人&美少女な姉妹だったり。

わりといつもの個人旅ぐらいの気負いで、ふらりと参加な自分が、かなり恥ずかしかった日。

20040803/001304
『三十路からの社会見学』
新居浜市での事を書き遅れているうちに・・・
台風23号による大水害そして新潟中越地震と、気の重いニュースが続く。
しかし、それと同時に、状況に立ち向かう方々の姿も伝えられてゆく。

「何が起こっているのか」「何が必要なのか」「何が足りないのか」
「何が足りているのか」「何が為されなければならないのか」
「何が出来ないのか」「何が出来るのか」

それらは、検討され続け、そして実践され続けていかねばならない。
 
当事者で在れば在る程に、そして当事者で無ければ無い程に、
解る事と解らない事とが、それぞれ同時に在る。

現場状況を知ろうともせずに、対応速度を論じようとしたり。
個人の感情を理解しようともせずに、大局を素人考えで論じて得心したり。
使い古しの衣類を、洗濯もせずに送りつけたり。
被災情報に付け込んだ、詐欺犯罪を狙ったり。

情報過多な現代でさえ、こうも情報と意識のすれ違いが起こってしまう。
しかも、大規模災害という、本当に情報が必要な事象で。

通常の日々においては、“知りたい事”と“知るべき事”の分別をしなければならない。
趣味嗜好のみならず健康や安全などに関しても、情報混沌や盲信で危険を招く恐れが在るからだ。
 
だが、大規模災害という非日常においては、
まず“知る事”が優先であり、その上で冷静に獲得情報を検討する事が求められる。

悪意の排除は、勿論の事。
善意においてさえ、情報更新と考慮と実践が求められる。

人生は元々が“知る事”の連続だが、
冷静と能動を駆使すべき事象で、それを為し得る人格で居たいものだ。


20040804/001305
『展望階で朝を見る』

『ヘドロかき出しツアー』で、お世話になったオレンジフェリーは快適。
建造が新しいせいか、船自体に良き気配りが感じられる。

そこに在るのは、心地よく流れてゆくべき日常に通ずるものだ。
それが在るという事は、とても良い。

そういう空間だからこそ、被災地の泥を、その重みを、冷静に思い出す事も出来た。

展望階で、夜を過ごす。
照明は淡く保たれ、吹き抜け構造によって空間余裕を保たれた空間。
音量は適度に、『ホテルカリフォルニア』等のピアノ曲が流れてゆく。

疲労困憊という訳では無かったし、色々とメモ書きしておきたい事も在った。
眠るのは何か勿体なかったし、
一度、船の中・・・それもこういう展望階で、夜通し起きていたいと思っていた。
 

ボランティアという言葉だけで、なんだか誉めてくださる方も居られるが、
誉められるレベルの事をしようという気負いも気持ちの用意も無かったせいか実感が無い。

「大阪人はケチ臭いと思われがちだが、旅費無料というお膳立てに意気を感じない鈍感では無い」
「船旅ができる」
「普段あまり行けないけど行きたい地、四国」
「水害の状況を自分の目で見られる」・・・
人間勉強・自然勉強・危機管理・災害対策・達成感・筋肉運動・社会勉強などなど、
そもそも、自分なりのメリットの方が多いのだ。

「立派な事をしよう」というよりも「なんと美味しい話 ! 」という感覚。

「人の役に立ちたい」というのは、社会的生物として基本。
機会の有る無し・実践の有無などの以前に、誰しもが思う事。
自分程度の者が、声高に気負ってゆくべきものではない。

何か知らない事をしたり、知らない場所へ行くという、
いつもの好奇心からの行動こそが在ったのだと思う。

その結果・・・
何かを為し得たというより、学ばせてもらったという感覚こそが強い。
この感覚は、ありがたく面白い。
 
動く船の窓から、動き見える海の向こうから、朝が来る。

20040805/001306
『共生計画2004』
「人の役に立ちたい」・・・更に大局的には“社会貢献”という理念。
三十路ともなると、僅かなりとも考えねばならない事だが・・・
これがなかなか難しい。

高度経済成長期なら、年齢相応の地位や肩書きを得て、それらを得る事で、
社会貢献への自然な意識流路も保ちやすかったのかも知れない。

しかし、地位や肩書きさえも恒久的な安定を確約する礎になり難いのが昨今。
それだからこそ、日常生活の姿に左右されない社会貢献も出来るとも言えるが。

ボランティアと聞くと、どうも肉体労働をイメージしがち。
けれど、被災地にとっては義援金や救援物資も欠かせないボランティア行為だ。

被災地で商業施設が復活し流通も確保できているのなら、
そこで何かを購入する事も貢献になるだろう。

大規模災害においては・・・
超人的体力で活躍する個人よりも、連携して効率良く行動できる集団こそが必要だ。
鼻息荒い個人が無茶な単独行動しても、全体の効率を悪くする事態となる。
先走りして怪我でもされたら、作業の遅延や停滞をも引き起こしてしまう事も在るのだ。


災害ボランティアの体制は、常に熟成更新され続けてゆく。
これほどに情報が入手し易い現代だからこそ、最新情報を必ず確認しなければならない。
求められている行動・人数・時間・道具などを把握した上での参加こそが活きるのだ。

日常の中では、社会に活きていながらも集団行動の実感は常に在る訳ではない。
個で在る事、個性を確立する事が求められる事象も多い。

しかし、目視できず実感できない領域でも社会的に人々は繋がっている。
それを再確認できるという感覚視点でも、災害ボランティアは勉強になる。



20040806/001307
『その腹のヒーロー』
男子たるもの、一度ぐらいは“ヒーロー”に憧れた事が在るだろう。

加齢とともに、その思いは希釈されたり忘却されたり否定されたりもする。

しかし、三十路にもなって、「他人の事なんてどうだっていいんだよぅ」等と、
精神的未成熟まる出しの言動しか出来ない様でも難儀。

自分が今の年齢に達するまでに、関わり支えてくれてきた無数の人々。その認識。

誰しも親が存在するという前提が在って自分が存在している以上、親へ示せる何か。
所帯を持っているのなら、妻へ示せる何か。
子供が居るのならば、“親ならば子供にとってのヒーローでなければならない”責任との対峙。

だが、自意識だけを肥大させて、行動無きまま空回りしても無為。

子供の頃に憧れた“ヒーロー”は・・・
自分が“なりたかった大人”の姿は・・・
超人的な活躍が出来る以前に、まずは他者の為に何かが出来る人ではなかったか?

ならば、
「立派な事だ」「凄い事だ」等と誉められたりする第三者的視点以前に、
まずは“自分に恥ずかしくない事”を積み重ねてゆくしかない。

この歳になって、確認する。



20040807/001308
『コーザ・ノルトラ』
相変わらずに、日記と言えない時空誤差。
書いてるのは11月なのに、3月の話。

連休に自由度が獲れたので、和歌山県の南端を目指す。
つまりは、本州最南端。

2004年正月旅行で、
日本国有人島最南端である波照間島を訪問させてもらった事との思考つながり。

波照間島から帰ってくる途中に立ち寄ったアウトドア店にて、
偶然にチラシを発見した瞬間から“行きたい願望”上昇。

西表島で初体験して面白かったカヌー行動が、
和歌山県の誇る清流“古座川”で出来る事を知ってしまったからだ。
 
古座へは、特急スーパーくろしお1号を利用。
08:02 天王寺発/11:07古座着
運賃3890円+自由席料金1880円 合計金額5,770円也。
天王寺・古座間の所要時間は185分。

もっと早い時間に発車するものが在るのかと思っていたが。
休日の朝における特急の、1本目。

2連休初日な事もあってか、満席。
座らなくても苦にしない精神設定にしているものの、満員。
乗車率は120パーセントぐらいか。
白浜で、ごっそりと皆さん下車。
3月と言えど、白浜人気。

目指す古座駅までは、あと1時間。
 

20040808/001309
『岬を越えた町へゆく』
まずは、紀伊半島最南端駅な串本駅を通り過ぎる。
潮岬を越えて、古座(こざ)駅へ。

清流、古座川からも徒歩10分ぐらいに位置する海辺の駅。
駅舎は新しく、奇麗に清掃されている。
この古座駅内には『古座町観光協会』(TEL 0735-72-0645)の事務所が在る。
事務所では、レンタルカヌーの受付をしてくれているのだ。
 
日本各地には、様々なレンタルカヌー施設が在る。

インストラクターの有無や川の状態も様々だから、
一概に料金の数値だけを比較する事は出来ない。
だが、その前提が在っても、古座川カヌーレンタルはリーズナブルだ。

まず、1日レンタルが1艇1000円という安価。(2004年3月現在)
タクシーで上流まで運んでもらう必要が在るので、それだけとはいかないが。
それでも、ライフジャケット・ヘルメット・ドライバッグも貸してもらえて1000円は凄い。
 
カヌーの艇庫は、駅のすぐ隣。ホームからもすぐ発見できる青い建物。

カヌーを借りると、カヌータクシーの手配もしてくれる。
屋根に、カヌー用キャリアを装備したタクシー。
運転手さんは地元の方で、
川の流れに沿って上流へ向かう間の、注意ポイント説明も具体的。
観光協会で受けた説明と地図に加えての情報で、かなり心強い。

20040809/001310
『屋根の上にカヌーがいるぞ ! 』
カヌーは、前述の通りタクシーで運搬してもらって川に入る事になる。
 
カヌースタート地点からの距離と所要時間、タクシー料金は以下の通り。

スタート地点  コース距離   川下りの所要時間   スタート地までのタクシー料金(片道)
ぼたん荘前    5km     1時間         約1500円
明神橋      8km     2時間         約2000円
鶴川      12km     3時間         約3000円
一枚岩     16km     4時間         約4000円

 
スタート地点に到着すると、運転手さんと2人で水辺にカヌーを人力運搬。
手伝っていただけけるのは、非常にありがたい。

タクシー料金も、個人的には結構な格安性を感じる。
カヌーキャリアにより2艇を1台のタクシーで運搬可能なので、
連れが居れば更にお得。

勿論、自分の車で運搬できるのなら、それもまた良し。
搬送要員の過ごし方が問題になるので、
途中のキャンプ場で待機などの企画で有効か。


20040810/001311
『ポリ艇ィカル・ノンフィクション』
今回は、出発が昼過ぎで小雨が来そうだったので“鶴川”からに決定。
この地点だと、宿や人家が点在する。

始めての、カヌー単独行。
過去経験は、西表島でのインストラクター同行での浦内川3時間強。
 
あまり濡れずに乗り込めて幸先良し。
曇空の3月だが、寒くはない。流石は南紀。

3月時点では、今年それ以降の多すぎる雨が予測できない程の水量。
気持ち良く浮かんでいられる水深の方が多いものの、船底をこする水深も在り。
ポリ艇で良かったと思える瞬間も、多々在り。

ネットで色々に画策しながら検索すると、
折り畳み収納・運搬できる艇や、空気で膨らますビニール艇も多種多様。
簡単なビニール艇なら、税込み1万円程度から。上を見れば限り無し。
 
誰も居ない広い河原に上陸したりする際にも、必ず船底は擦る。
曲がる流れでコース取りを間違えば、瀬に乗り上げもする。
川を長くゆくのなら、頑丈に越した事は無い。

安い艇もそそられているのだが、
古座川での体験を考えると、強度や浅瀬での安心感からポリ艇レンタルが吉か。
自分の様な初心者には、特に。

艇の補修や操船に熟練していても、万全では無いのだ。
“今回は”上手くいけたという事は忘れないでいよう。

20040811/001312
『海へそそぐ水は幸福である』
途中、小雨の中を進む事があったので、少々急ぐ。
速度目標が在る訳でなし、急いでも得はあまり無しだが。

それでも、
ゆったりした時間を楽しみつつ、2時間半程でゴールに到達。
水量の少なさもあって、初心者にも優しい状態の日だった模様。

河口に近いので、風に乗って微かに海の匂いがする。
 
半日にも満たない川旅だが、奇妙な程に充足感が在る。
熟練し、もっと困難な川に挑めば、その時をどう振り返られるのだろう。

春を待つ風は、海で強く吹いている様だ。
河口の先に見える堤防に、跳ね上がる波飛沫が白い。
次の日には、海に出る事も画策していたが無理の様だ。

ゴール地点で観光協会に電話すると、迎えに来てくれる。
今度は、軽トラ。
今回は単独行なので、助手席に乗せてもらう。
グループ行動なら、徒歩数分で駅まで帰還なのだろうけれど。

艇庫には、更衣室やストーブも在り。
レンタルカヌーという体制が、気持ちよく機能しているのを体感。

 

20040812/001313
『岬の在る町へ行こう』
古座駅から串本駅までは、JRで約9分190円。
各駅停車の本数が少ないので、カヌーからの帰還も時間余裕をもって画策。
40分ほど待つ事になったので、ゆるりと古座駅周辺散策。
コインランドリーや風呂屋が古座駅近辺に在れば便利なのだが、見当たらず。

橋杭岩を車窓から見つつ、串本駅へ。
車移動なら、橋杭岩手前に在る秘湯『弘法湯温泉』に行きたかったトコロだ。
海のすぐ側に在るので、紀伊大島が一望できるそうだ。
しかし位置的に、車必須。
カヌーと織り交ぜるには、バス時間が合わないだろう。
 
本州最南端の駅、串本駅到着。
最南端おみやげ店も在中。

潮岬先端部でテント泊の野望なのだが、
そちらへ向かうバスが、ちょうど空白時間帯。

【熊野交通バス】 
潮岬方面行き  運賃(片道) 串本駅〜潮岬 大人370円 小人190円
串本駅発            15:3217:37  
潮岬灯台前着      15:48 17:53   
潮岬着               15:49 17:54

数千円を覚悟すればタクシーも在るのだが、贅沢は旅方針に合わず。

駅前にコインランドリーが在ると、観光案内所レディに教えていただく。
カヌー行で濡れた衣類の、洗濯と乾燥。
店主が店番してくださっているので、ひと風呂浴びに。
 
串本駅から東へ徒歩数分。踏切を渡ると見えてくる。
串本温泉浴場『サンゴの湯』は、野中の中の一軒家みたいな風貌で在る。

キャンプは楽しいが、風呂を織り交ぜると更に壮快成分上昇。

『サンゴの湯』と串本駅の間には食堂や店舗が並んでいるので、物資の調達可能。
24時間スーパーもアリ。

20040813/001314
『君がアンテナ』
日暮れにも、岬行きのバスにも、未だ間が在った。
そもそも、コインランドリーでの乾燥も未だ終わる時間では無し。

『サンゴの湯』から出た周囲の空間には、鉄塔が在った。
ゆっくりと、歩いて見る。

近年、鉄塔が再び好きになってきた。

映画『鉄塔武蔵野線』の主人公少年が抱く、複雑なのに見えない感情。
それよりはずっと単純な、単にカタチの面白さに惹かれるのが自分の感覚だが。

昼休みに少し自転車で田園地域まで出て、鉄塔を見上げたりする。
こうして、旅先で見上げる鉄塔には、知らない場所を繋ぐ火花が見えた様な気になる。

先日、夕暮れの中を自転車て゛走っていると、こんな情景に出会った。

2004年11月1日からの法律改正で、運転中の携帯電話規制が厳しくなったのは嬉しい。
マナーもルールも意識できない者に、自分や知人が傷つけられるのはまっぴらだ。
そもそも、運転中や歩行中にも携帯電話に触れていなければならない程、
道具に依存したり振り回されたりしている姿は、醜い。
 
人を繋ぐ道具なら、もっと気持ち良く使えばいい。

そういう意識前提が在った。
その日の夕暮れに、あまり広くもない道で、少し先を歩く高校生の男女を見た。

背中の表情というものは、意外と正直だ。
寄り添うふたりの、不慣れな感じが見えてくる。

少女の、携帯電話が鳴る。

ぎこちなく立ち止まって少女は、電話に出る。

ちょうど、横を通り過ぎるタイミングになったので、声が聞こえた。

「え・・・あ、今? ・・・今ね、
 えっと・・・今・・・手、つないでるの」
 

20040814/001315
『岬にゆく窓』
夕暮れの匂いが、どんどん強くなってくる。
潮岬へ、向かう。

本州最南端という地形を活用したい。
近畿では意外な程に体験できる場所が少ない、
“水平線に沈む夕陽”を観る野望。
 
それでも、串本駅発が17時37分だった事もあって、時は近づく。
バスの車窓から、遠くの空が色彩変化を加速する。

「間に合わないか・・・」

それでも、それでも良い様な程に色彩変化が美しくなってゆく。
 
もはや乗客は、自分を含めて2人しか居ない。
このバスが、終バス。
潮岬に着いて十数分後に折り返して、それで本日のバスは終わり。

それでも、まだ太陽が輝いているうちに到着する。
潮岬観光タワーに、もう人影は無い。

潮岬は、高さ最大50mの断崖を持つ。
太古の火山活動などで、陸地と細いくびれで繋がった陸繋島の先端だ。

20040815/001316
望楼の芝生は青い
潮岬の上には、『潮岬望楼の芝生』という広大な芝生広場が在る。
この芝生広場の東端が、『潮岬望楼の芝生キャンプ場』となっている。

標高30m/キャンプ場総面積1662m2
全テント張数40〜50張/テントエリア収容約150名
トイレあり(紙は持参の事)/水道あり/焚火・花火全面禁止
潮岬観光タワー周辺に飲料自販機あり(ビール・酒類は無し)
車両乗り入れ不可/キャンプ場横に駐車場あり(バイク用もあり)
JR串本駅からキャンプ場まで約6km/車で約15分

このキャンプ場は、通年に渡って無料で利用できる。

ここを今回の宿泊地とする。

バス停からは、徒歩すぐ。
周囲には、潮岬観光タワーの他にユースホステルや格安宿泊所が在る。
 
キャンプ場は芝生広場の東端だが、夕陽を望めるのは西端だ。
視界を遮るものが無い前方に、ゆっくりと歩いてゆくのは面白い。

キャンプ場は芝生広場の東端だが、夕陽を望めるのは西端だ。
視界を遮るものが無い前方に、ゆっくりと歩いてゆくのは面白い。

潮岬灯台を越えた向こう側に、夕陽がゆく。
全天に光輝が在り、天体の回転が変化を生む。

“緑の光線”を見た様な気にもなったが、その真偽は解らない。
人は、見たいと思うものを見た気になれるのだ。

手に入れた体験そのものを、そっと汲み取ればいい。
権威や付加価値を探そうとすればする程に、手段と目的が錯綜する。
 

今日は此処に来て、明日は別の場所へゆく。

手に入るものというのは、残るものというのは、結局の所シンプルだ。 

20040816/001317
『陽はあっちに行ってこっちから出る』
水平線の彼方へゆく夕陽を見送る。

“沈む”という人間主観での表現も、慣れてはいるが。
地球の自転という大機補な律動を、
まず、意識前面に認識してゆきたい年頃でもある。
 
「あの向こうに浄土が在る」と祈るよりも、
彼方に住み生きる人が居る事を認識してゆきたい。
 
それでも、溶けてゆく色彩に全周囲を囲まれる認識は美しい。

神様に会う予定は無い。
神様に会ったという妄想を欲しがったり誇示しようとは思わない。

それでも、
そういう認識が来訪するのかと思ってしまう様な瞬間は、
こういう時空間に隠されているのだと、感じてしまう。

20040817/001318
『夜明けのテントロー』
夕暮れの残光の中、テントを設営。(画像は日の出だが)
平坦な芝生だと、設営も撤収も楽々。
芝生が在るぶん、保温性も良さそうだ。
3月といえども、寒さは特に無し。流石は南紀か。
 
キャンプにおける自炊は楽しいのだが、どうしても装備が多くなる。
今回の様に長距離電車移動の場合、かさばりすぎるのは辛い。

串本駅前の24時間スーパーで購入の、弁当を食す。
高輝度LEDライトをテントに吊るして、遠くの星空を見つつ食す。

雲は多かったが、流石は外海。
流れてゆく雲間は広く、その狭間は澄んで、星の数は多い。
 
80年代製の携帯テレビは、ここでもロクに映らない。
キャンプでの夜は長いので、在っても良かろうと押し入れから引きずり出したものだが。
山上や海岸なども含めて、キャンプ時に活用できた試し無し。
アンテナの利得を向上改造でもすればよいのかももだが、そこまでして見たいテレビも無し。

素直に楽書きとか楽描きで、時間を使う。

設定2〜3人用、実質1人用のテント内部空間。
テントというものには、何か言い表しにくい安息感が在る。

あと、自分という人間が、
安上がりに安息や充足を感じられる人間なのが、よく見えてくる。

20040818/001319
『シンプルシバフ』
潮岬で夜明けを迎える。

意識しておけば、目覚ましアラームよりも早く起きる事も意外と高成功率。
旅先でしか、発揮してない気がするが。
 
隣に位置する岬の為に、水平線からの陽の出瞬間は見辛い。
ならば、南へ歩け。

夜明けに、岬の上で広い芝生を歩く。
それは、結構面白い感覚。

人影は無い。
風と潮の音は在る。
それでも感覚は静けさの中に在る。

なんだか、奇妙にシンプルだ。
 
社会人で在るからには、複数の物事を並列思考していかねばならない事も多い。
それらは単純化したり、無思考に走る事も選択肢のひとつに出来るのだけれど。

こうしてシンプルに歩いているつもりでも、
感覚器は様々な知覚情報を取捨選択し、そして肉体は律動されている。

本当にシンプルな一瞬や一歩は、無自覚だ。

シンプルであるという事を認識した瞬間、それは複数化してしまう。
それでも、シンプルな面白さが維持される時は、在る。

20040819/001320
『胸の時間1ポンド
人生の自由時間を思考実験する、結構有名な概算が在る。

人生を80年と設定した場合、
その生涯時間は(24時間×365日×80年)で、70万800時間。
 
睡眠時間を、生涯の3分の1と設定すれば、睡眠時間総和は23万3600時間。
この場合、睡眠時間以外の総和は46万7200時間。

睡眠時間に加えて食事等の生理的に必要とされる日常生活動作時間の総和を、
1日12時間とすれば(12時間×365日×80年)で、35万400時間。

労働時間を、年間1900時間と設定すれば(1900時間×40年)で、7万6000時間。

上記ふたつ、(35万400時間+7万6000時間)で、42万6400時間。
 
生涯時間から概算できる自由時間は・・・
(70万800時間ー42万6400時間)で、27万4400時間。
この27万4400時間は、11433.333・・・日。
年に換算すると、約31.3年。

余暇時間の誤差を考慮して、生涯自由時間を約27年とする試算も多い。
 
いずれにせよ、まともに働きつつ人生80年を遂げようとした場合、
生涯自由時間は約30年前後。

それは、多いか? 少ないか?

脚本や演出の責任者は、自分自身。

水平線からの朝陽は、その生涯自由時間に加えるに足るか?

20040820/001321
『我らは岬の灰皿で』
3月という事もあってか、キャンプは10組ほど。
5月連休には混雑するので、キャンプ場が臨時拡張される事もあるそうだが。
 
上の画像で遠景に見えるのが、 潮岬観光タワー。
肝心の施設名表示が老朽化して欠けたりしているのが、物悲しい。

熊野古道の世界遺産指定により、この最南端まで足を運ぶ人々も見込める機会。
全国の観光地は様々に苦闘しているが、機を逃しては勿体ない。
 
それでも、明るくなった陽射しの中で芝生を歩いていると、
膨大な数の吸い殻が芝生の各所に捨てられている事も、見えてくる。

時には、一歩ごとに吸い殻が発見できる。
土に還り難いフィルターは、芝生の狭間で踏ん張り続けている。
何年にも渡って、そのままだ。
塵になって風に溶ける事もなく、いつか飛ばされて海へ落ちるのだろう。

そして、捨てた者はそれを思い浮かべる事も無い。

20040821/001322
『朝陽を釣る人々』
本州最南端の碑が在る展望所から、急坂を進む。
そこには真の最南端が待ち受けている・・・のだが、ちょっと登山気分にもなる岩場。
 
既に先客が居て、釣りをしている。
彼らは、岩場の向こうへ歩いてゆく。

釣り場としても面白いのだろうが、
“本州最南端”で“夜明け”に、好きな釣りをするという“実体験”こそが重要なのだろう。

人それぞれの価値観は、在る。
そしてそれ以前に、体験や実行に価値を見いだせない・見いだそうとしない価値観も、在る。
 
同じ場所で、陽の入りと陽の出を楽しむ幸福。
釣り竿を持っていないので、
朝陽を釣った気になってから、岬の坂道を登って帰る。
 

20040822/001323
『たまたまはしっこ』
地球はツチダマである。
それはとても球形である為に、始点と終点は視点によっては同じになる。

それでも、区分してゆける視点や必要や事象は在る。
区分すれば、端っこが出現する。
 
北緯33度25分47秒、東経135度45分55秒。本州最南端、
 
端っこなので、端っこなのだけれど。
端っこでない場所と同じで、何も無い様に見える場所にも、
なんやかんやは、在る。

20040823/001324
『トリトンに出てくる大亀はガノモス』
潮岬観光タワーの横から、バスは出る。

大島のアウトドア施設で、シーカヤック体験というのも画策していたのだが、海は荒れ模様。

こんな時でも、川ならば船遊びも可能な事が多いそうで。
古座駅まで行ってくれるバスを狙って、乗り込む。
 
車窓から、橋杭岩(はしくいいわ)が見える。国の指定名勝。
800m余りに渡って、大小約40個の奇岩が並んでいるのだそうだ。

弘法大師と天の邪鬼とが、夜明けまでの一晩で大島まで橋を架ける競争をした際、
負けそうになった天邪鬼が一番鶏の鳴き真似をし、騙されたて弘法大師が作業を止めた為、
橋が未完成のままで杭だけが残ったという伝説が在るそうで。

カリスマたる弘法大師がヤリ込められるという話は、珍しい様に思う。

アンチ空海派が流布したのか?
ちょっぴりドジなトコロも在るという演出で、親近感グングン増加か? いわゆる萌え?
 
古座近辺の海岸では、
冬場、運良く気象条件が合えば、気温よりも海水温が高い為に海霧が発生するそうだ。

河口から南へ約1kmの海上には、九龍島と鯛島が在る。
熊野水軍拠点のひとつだったと伝えられる九龍島には、
紀伊大島と同じく亜熱帯植物であるタブの木樹が群生しているとの事。

かつて異常に海水が引いた際に・・・
島が3本の足で支えられていたと、言い伝えられている。
常識的に考えれば橋杭岩と同様に、
火山活動・溶岩・海水による冷却・浸食崩壊などで島の下部に空洞が在るかもという事か?

未知の巨大生物が朽ち果てて島になってたら面白いのだが。

20040824/001325
『テクニカラータイムカヌー』
またもや更新に間が開いてしまって、日記とは言えない有り様。
こうして日記は個人の内部と外部で衰退してゆくという典型か?

楽描き更新や小説の細々な準備やらの言い訳は、自己にしか通用しない事情。

「仕事が忙しい」などという定型句も、
自営業者で在る以上・・・
それは社会人として上手く立ち回れているかもという自惚れを自己増長させるだけ。
そんな言い訳は封印しといた方が吉。
 
「僕らは別々の舟に それぞれの荷物を積んで
 時の流れをくだってゆく 舟人たちのようだね」と、
さだまさし氏は名曲『道化師のソネット』で歌う。
 
カヌーで清流をくだってゆくと、
カヌー型のタイムマシンという代物を妄想した。

それでも時間流は一方通行。
まぁ、周囲の景色を見忘れる事が無い様にがむばろう。

20040825/001326
『魚にかじりついてでも進め、と』
古座川カヌーの2日目は、支流の小川(こがわ)から出発させて頂く。
上流までのタクシー代はかかるが、それ以上の価値アリ。
 
透明度が、尋常ではない。
清流の称号は、この様な流れに冠されるべき。
そもそも、大阪の河川水質が色々辛いのだが。

タクシーの運転手さんは、地元の方。
子供の頃は、この川で鮎を手掴かみで獲り・・・
生のまま丸かじりしたそうだ !

生でかじると、
「支流の方が本流よりも美味しいのが実感できた」との事。

実にワイルドだが、それが思い出として成立できる環境も凄い。
 
季節柄か、他に人影は無い。
透明と静寂の中に、独りで進んでゆける。

20040826/001327
『ちんちんぷいぷい』
『オーチンチン』は、ハニーナイツの名曲。
カヌーでは、転覆の事を“沈”(ちん)と呼ぶ。

艇自体が完全に沈没してしまう事は、ポリ艇ではあり得ない。
だが、沈は沈。

油断はしない方針で進んではいたものの、実は前日、
出発後1時間で、派手に転覆。

初体験。初沈。

全身、これズブ濡れ。

 
人間は・・・
何か危機に陥った時・罪を犯した時・劣等感に直面した時などなどに、
精神の均衡を保とうとして、責任転嫁や楽観視や虚勢を渇望選択する。

そういう自己思考を踏まえた上でも、
それでもなんだか、あの“沈”の瞬間は面白かった様な気がする。

川の流れが屈曲する場所では、水深と流速に変化が起こる。
そういう場所には、流れの中に踏ん張って出ている岩もよく在る。

そんな岩を避けようとした筈なのだが、初心者の操船。
生半可な体重移動。変に逃げようとしたのが不味かった様だ。

柔道で投げられた時の様に、視点が展開する。
それでも、次の刹那には水中だ。

不意に水中への移動は、落ちたというよりも包まれた感覚。
澄んだ水に、自分の手足と水中の“先”が、不思議な程に明瞭。

水深が充分に在ったので、まさに浮遊感。
 
ライフジャケットのおかげで、すぐに浮上。
艇とドライバッグは、すぐ近くに存在。
コーナーを過ぎると、流れが休息に落ち着く場所だったのも良かった。

5mほど、艇と荷物を引っ張って泳ぐと河原に辿り着けた。
3月だったというのに、気温が充分だったのも幸運。
その後も、凍える事なく楽しめた。

河原に艇を引き上げて、小休止。
“再生”感が、面白い。

20040827/001328
『サイレントサクララン』
これを書いている12月になって、3月時の話をするのもナニだが。
その時には、ヤマザクラ
も満開。
 
他の誰も居ない川を、ゆく。

羽虫が、前方の空間に飛んでいる。
偶然に速度が相対する瞬間が在って、自分と羽虫のどちらが止まっているのか解らなくなる。
無論、どちらもが、留まる事もできずに動いているのだが。

シラサギが、ふわりと舞い降りて水面に来る。
おそらくは、羽虫を食べて舞い上がる。

サクラは、静寂の景色に在るままで、ゆるやかな風に揺れている。
 
水が、あまりに澄んでいるので、桜色が鏡像になる。

川を曲がり進むと、不意に直線が開ける。
そうすると、無数の花びらが吹雪となって舞い飛んできたりもするのだ。

桜が、怖いと感じて楽しめるのは、こういう瞬間か。

20040828/001329
『深淵に浮かぶもの』
今までの人生で初めてな透明度。その上をゆく。

たとえば、川を挟んでそそり立つ断崖。
その横を、ちいさな舟でゆく。
そうすると、その断崖が水中深くまで、ずぅっと繋がっているのが見えるのだ。
 
視差を考慮しても、水深5m以上までも見える様に感じる。
深い深い場所を、魚がゆく。
体長40cmほどのコイ。

川の湾曲部では、水の流れがほとんど無い。
舟を漕ぐ事を止めると、ただ浮遊する。
自分の下を、何匹もコイが通り過ぎてゆく。

青空は在るが、快晴ではない。
それはそれで良かったのかもしれない。
もしも、どうしようもないぐらいの青空が映っていたら、
映っている空に落ちてみたくなる程の透明が在る。

覗き込むに値する透明と深みが在るから、その深淵を意識できる。
地上を歩きゆく日常で、常に地下を意識する事は無いというのに。

足場を意識するという事には、面白い恐ろしさが在る。

20040829/001330
『鳥が観た』
水面を移動し続けるのは、面白い。
 
水鳥が、どういう訳か、正面から来る。

船という、明らかに自分よりも大きい浮遊物に対し、正対して舞い降りてくる。

その行動に、如何なる“理由”が在るのかは解らない。
いや、そこには“恣意”というよりも、動物的な“判断”こそが在るのだろう。

半身を艇に埋めて水面をゆくこちらに対して、
“ヒト”もしくは“生物”としての認識を持っているのか?
それさえも、不可知。
 
対して、こちらが自覚し得ていた数少ない認識は、“美しさ”だ。

野生の鳥が、水面に浮かび進む自分に向かって、正面から飛んで来る。
そんな経験は今まで無かったし、想い願う事すら無かった筈だ。

鳥類の記録映画『WATARIDORI』によって、映像で観てはいたものの、
それがこんな瞬間に現実に巡り来るとは予想の遥か外部。

可能性の世界では“衝突”という近未来も皆無ではない。
しかし、そんな事を一片も思考し得ない程に、その鳥の行動と光景は美しかった。

翼の白。遠景の桜色。水面に映る青。水が持つ透明。
色彩が風になって飛来してきた一瞬だった。

実際の距離はともかく、感覚としては僅か2m程の距離で、鳥は再び舞い上がった。

それでも、残像は、幾度も幾度も飛んで来る様に思えた。

20040830/001331
『名前のピース』
『まぁ、そんな訳で前向きに山歩きも続けてるんで御座居ますけど。
 時には過去に目を向けるのも大事かと思いまして、ねぇ』
「ほぅ」
『ピースおおさかという場所を御存知ですか?』
「はい。あまり知名度が無いのが残念ですが、
 大阪にとって大事な施設のひとつだと思ってます」
『貴方の様な世代が、そう言ってくださって有り難いですわ。
 どんな歴史でも、風化がいちばん怖いですものねぇ』
「僕は何度も訪問している訳ではないので、偉そうな事は言えません。
 でも、大阪に住んでいる以上、行っておいて損はない場所であるとは思っています」
『今回はねぇ、無言館の館長が講演されるという事もあって、行ってまいりました』
「無言館といいますと、戦争で亡くなられた美大生の作品を集めた美術館ですね」
『はい。いささか不便な場所ではありますが、信州まで行ってみたくなりました』
「先日も、木曽街道を歩いてこられたじゃないですか。大丈夫ですよ」
『そうですね。絵が、待っていてくれる気がします』
「僕がピースおおさかに行った時、戦災に遭ったコソボの子供達が描いた絵の展示が在ったんです」
『本当・・・状況が描かせた作品には、震える様な何かが込められているものですね』
 
『今回、自分だけの目的としましてね。友達の名前を探しに行ったんです』
「戦時中の・・・でしょうか?」
『はい。爆撃跡は何度も目にしましたが、1トン爆弾の実物を初めて展示で見てきました』
「そうですか・・・」
『別れの言葉もなくてねぇ、ただ、
 役所の名簿で、友人の名前がスッと線で消される瞬間に偶然、居合わせたんですよ。
 ご家族や親戚も存じ上げませんし。それだけの思い出です。
 戦没者名簿から探したかったんですが、見つかりませんでしてねぇ』
「今は見つからなくても、あきらめてしまう事はないでしょう?」
『それでも、私の人生も色々と欠けているものだなぁと再確認した気分です』
「でも、ああいう施設は、単に記録の保存という意義だけでなく、
 記録の再構築も大事な役割として在るものですよ。
 今回おっしゃっていた記憶を、文書にして郵送するのはどうですか?
 それが思い出の全体像を突然に明確にするものではなくても、
 あの施設にとっては大事なパズルのピースになるかも知れません。
 今、それが何かを形づくる事ができなくても、それが歴史のピースで在る事は真実なんですし」
『なるほど、そういうものの見方も在るものなのですねぇ』
 
亡くなった旦那さんと親交が在った為に、10年来のつきあいとなる御夫人と話をする。

自分が自分の思う事を伝えられたか解らない。
間違っていたかどうかも、解らない。

20040831/001332
『時間の船からは未だ降りないけれど』
そうしてカヌーは、ゴール地点に辿り着く。
 
1日目は、沈した後は順調だった。
それでも、気を抜いていたせいか・・・
最後に上陸する瞬間、川の中に自分だけひっくり返るというオチを招いてしまったものだ。

ギャラリーも居ないのに、派手な事をしてしまったと思っていたら、
鉄橋の上で電車の写真をとっていたオジサンが、「ヨッ」と手を上げてくれた。
手を挙げて、応える。
 
2日目は、無事に船から出られた。
ただ単に、地上に戻る事が出来たという、それだけでも嬉しくある。

それでも、河口付近をゴールにしたのだから、今度は海まで出てみたいものだ。



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