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『大作戦日誌』20030201-20030228

20030201/000783
『種子と流星』
たとえば亜米利加の田舎町。ある夏。
ありふれた少年がグラウンドの片隅で、気付く。
「僕はフットボール選手になんかなれないんだ」

それと同じぐらいの絶望と諦めで、
「僕は宇宙飛行士にはなれないんだ」と・・・
そう悟ってしまう少年少女はどれほど居るのだろう?

そのひとりだった者として・・・
去っていってしまった7人の宇宙飛行士たちには、
哀悼よりも前に記憶の刻印を送りたい。

これからも彼方へと連なる宇宙計画の中で、
幾人もの人達が亡くなってゆく。

ある者はそれを無為だと誹り、無駄とも称すだろう。

彼方へ行こうとすればする程に困難は増し、歩みは遅々となり、
これまで地上で革新されてきた物事の歴史よりも、
更に長き時が費やされる。

数年程度のスパンでは計る事のできない戦いが其処に在る。

自分が今、記憶したからといって、今、
宇宙計画の表面に漂う塵ほどの役にもならない。
ただ、伝えてゆく事は出来るのだと思いたい。

行動もせぬまま自業自得で命を無駄にする者が居る。
安全域からしか文句を言わない者が居る。

そんな無為に比べれば・・・
終わりなき努力の果てに獲得し、
限られた者だけが知覚できる視点から世界を見て・・・
その果てにその中で命をなくしたのは本望かも知れない。

だが、去ってしまった者達は・・・
どれほどまでに“もういちど”飛びたかったことだろう?

最前線に辿り着き、其処で行動した人達の努力を忘れてはならない。
だが、なによりも、
“もういちど”という意志を忘れてはいけないと思うのだ。

それは、種子の核だと思うのだ。

20030202/000784
『ゴッド疾走』
地形と風向きの関係か、かなり沖までも凍結した湖面を見る。

屈斜路湖は、全面氷結する湖としては日本最大なのだそうだ。
厳冬期には氷結した湖面を歩いても大丈夫な程に氷も厚くなるとの事。
氷結時の収縮と太陽熱での膨張を氷が繰り返した結果、
御神渡り(おみわたり)となり、氷が盛り上がる。

長野県の諏訪湖でも有名だが、
屈斜路湖では高さ1mを超える国内最大の御神渡りも見られるとか。

今回、そこまでは氷結していなかったものの、その片鱗は見えた。

原理は理解できている物理現象なれど、
こうして巨大な景観の中で肉眼視する事は快感だ。
 
物理学や数学などの世界では、
“脳内実験”により無現大の物体や空間を駆使する事が出来る。

だが、物語の創作を目指すのならば、自分は、
こうして体験していかないと描けない人間なのだと改めて気付く。

20030203/000785
『北の硫黄』
和琴半島は、
屈斜路湖を形作ったカルデラの中に溶岩が盛り上がって出来たそうだ。

溶岩がオヤコツ溶岩円頂丘として形成した島が、
尾札川の扇状地と繋がって出来た半島だとの事。

名残のひとつが温泉でもあるのだが、
更に地の息吹を感じられる場が在った。

雪の道を進んでゆくと、
硫黄臭が強くなってきのだ。

匂いの記憶・匂いと記憶・・・

硫黄臭というものは、決して心地よいものではない。
「お、硫黄臭い」と瞬時に気付くのは、だからこそか。
世界に幾多も在る
“名付けられたもの”の中でも、
心地よくないものの方が記憶の奥底から出てき易いのか。
臭気という、姿形ないものであっても。

半島の先端付近。『オヤコツ地獄』という名の場所に辿り着く。
周囲の雪色が、まるで切り取られた様に溶けている。
赤茶色の地肌が剥き出しになっており、
零下の気温の中で世界に湯気を撒き散らしている。
水面からも活発に湯気が出ているのを見ると、
地熱だけではなく温泉も噴出しているのかも知れない。

1858年に此の地を探検した松浦武四郎の記録が案内版に在る。
当時は黒煙が立ち上り、地の響きは遠くまでも伝わる程で、
夜には炎の照り返しが湖面を照らしたという。
 

20030204/000786
『雪とジミニー・クロケット』
オヤコツ地獄を望める展望台からは少しだけ登りが在る。
斜面を覆う雪の中、地熱の高い部分だけが地の色のままだ。
 
土の酸性度が高い為、植生は単調なものとなっているそうだ。
この様な悪条件に耐えられる下草やコケ類が地表の支配者。

しかし、
冬でも雪が積もらない暖かい恒温環境は珍しい生態系を持つ。
マダラスズというコオロギの仲間やバッタ等が、
1年中を活動期としているのだそうだ。
その為、
冬でも虫の声を聞く事ができるそうなのだが、
10分ほど立ち尽くしていただけでは風の音しか聞こえなかった。

ここまでの半島半分の道のりでは、誰にも出会っていない。
この季節の人影の無い空間においてもヒトの営みとは無関係なまま、
冬の眠り無き生命周期が絶え間なく繰り返されている当たり前を知る。

ああ、そんな所まで歩いて良かった。

夏期においても、この付近はミンミンゼミ生息地の北限との事。

20030205/000787
『ホワイトブリックロード』
 
大阪に生まれ暮らしている者にとって、
空間の全てが非日常

『オヤコツ地獄』を通り抜けて、道を進む。
雪に埋まった橋が在る。それを渡った向こうにも道が在る。
雪の森を抜けてゆく道が在る。倒木を乗り越えた先にも道が在る。
見えない曲り角の向こうにも道が在る。

雪の半島をゆく、
そのひと足ひと足が面白い。
 
幼い頃、お気に入りの絵本の中に、雪国の風景が描かれていた。
風に吹かれてロールケーキ状に丸まった雪のかたまり、光るツララ、
連なる樹氷、かまくら、雪の壁、大きい雪だるま、家の前でスキー、
積もった雪の為に二階から出入りする人たち・・・

現代では、それさえも見られなくなった風景も在るのだろうけれど。

当時、思ったのは、
“そこに住む”という日常の獲得よりも、まず、
“そこに行く”という非日常の夢想だった。

そうして成長し、雪の中を歩く事のできる歳になっても未だ、
雪の道に至る時間と経費を獲得できずにいたのだけれど。

今、気付いてみれば、こうして自分の収入と時間で歩いている。
その単純な嬉しさと、全周囲の非日常を獲得している。

ひと足ひと足を歩いてゆけば、いつか目的地に辿り着く。
その論理を知ってはいても動かなかった日常ではない。
それを実践できる状況と、確認の途上に居るのだ。

その単純な当たり前が嬉しく、
ちいさくも誇らしい。

20030206/000788
カリスマスツリー
道の両側に立ち居並ぶ木々は、いずれも味があるものばかりだ。
雪の白で輪郭が強調され、また飾られて、空間に映える。

その中でも、ひときわ
意識を惹く木が時折に目に入る。
 
雪が裂いたのか稲妻が裂いたのか、縦割りに内部を晒す大木が在る。
雪解けが土を流したのか、空間へ曲線群を展開する太い根が在る。
それらは未だ名を知られない生き物の如く風景と絡み合う。

ただ単純に名木のひと言で片付けられない何か。
神木木の精霊と呼ばれ信仰されるものと通じる何か。
それを、感じてしまう。
 
基本的に無神論者なので、
無分別に
“神かがり”なものを何にでも投影しようとは思わない。
そういう行動に振り回されてしまう事は、むしろ神や自分の
冒涜だ。

ただ、信仰以前の領域・・・
そういう風に言語化される以前の、ヒトという生き物としての
畏怖
そういうものが内在している様に思う
“木”が、無数の木々の中に在る。

それは多くの遺跡が内在しているものとも似た、
大いなる
“時の先達”としての風格を持っている。

彼我の時間格差・自己の小ささ・其処に立つ自覚・その先に続く道・・・
そんなものがないまぜになったまま、結局は、ただ嬉しいのだ。

20030207/000789
『宇宙から来たユキンカーメン』
視線の先に動くもの在り。

和琴半島散策開始時に目撃した
“ぺんぎん状宇宙にん”に酷似している。
私は自己の冷静と正常認識チカラを再確認する必要を痛感した。
そこでひとまず
ガロアの群論を朗読せんとしたが、デキナイ!!
ピンチだ。
これが
“原子の世界では実在が揺らぐ”とゆうヤツか。
 
萎えそうな勇気、振り絞れ。

私はそれでもなんとか歩を進めた。
ブザマだが、それが私の存在証明だった。

私の脳内では自動的に“雪”“宇宙にん”“目撃談”のキーワード検索。
ヒット!
1988年の長野にて、集団目撃の記録在り!! 4体同時出現!!
コードネームは「スッキー」「ノッキー」「レッキー」「ツッキー」!!
日本のモスマンとも呼ばれるヤツらの名は『スノーレッツ』!!

・・・だが、果敢に再接近してみた私が見たものは・・・
クロスカントリースキーヤーに酷似したカップルであった。
 
・・・
擬態、か。
ハッ! そういえば、スキーウェアと宇宙服は似ている。遠目には解らない。
語感がアダムスキーにも似てるし、な。

きゃつらは何故か漠然と雪道に佇んでいた。
そして、私が近づけば道をあけてくれた。意外と礼儀正しい。
私は地球人スマイルで挨拶しながらコンタクトを終えた。

しかし、男のフェイスは見なかった。
何故かとゆえば、雪と言えば、アレだ。
ジャック・ニコルソンに似ていたらヤバいからだ

20030208/000790
『ゾロッコ』
振り向くべきか振り向かぬべきか、それが問題だ。
もし、先刻の“クロスカントリースキーヤー型宇宙にん”が、
敵対行動をとり始めたとしたら彼我の行動速度差は明らかだ!

クロスカントリースキー型宇宙靴VS徒歩

だが、人は脳裏に映るものをこそ見てしまう性癖を持つ。
私は、振り向いてしまっ、た。

ぉお!なんとゆうことだろう!!
きゃつらは当方に向かって
進軍を開始しているではないか!!
しかも、そのクチ元からは何やら
白色の冷凍光線が吐かれている!
光線とゆうよりは
エクトプラズム状であるが、
アレを浴びたが最後、アラシ隊員の如く凍り付いてしまう筈!

もしやするとペギラ(身長40m・体重2マンt)の吐く冷凍光線の如く、
反重力効果をも伴うのやも知れぬ。

ピンチ! 電撃ハリキリ危機ピンチー!!

私はハッスルして雪の道をスピードアップした。
私は右に湖を感じながら、平凡な雪路を駈け登つた。
時々零下の寒風が吹くと、自然に顔が歪んで来る。
・・・それは無理に我慢しても、鼻だけは絶えずくうくう鳴つた。

だが! ふと湖面を見ると、
更に更に彼方まで凍り付いているではないか!?
 
まさに!
うつみ美土里(ケロンパ星人)が
“カチンコチン体操”を舞った時の如く!

凍れる湖。凍れる湖。凍れる湖。凍れる湖。凍れる湖。
倒木の、その湖に垂れた枝にさえも!氷が登るように固まっている!!

ダメだっ! クッシー! こんな寒い所に来てはダメだっ!!

だが、私にはクッシーに気配りのススメをする余裕はあんましなかった。
「命さへ助かれば・・・」私はさう思ひながら、辷つてもつまづいても走つて行つた。

さう、かつて
冷凍光線とゆえば笑い話のネタのひとつでもあった。
光は熱を伴うものであり、投射されれば熱ヱネルギヰが増加するは必須。
「冷凍光線、笑止っ!」・・・さういう時代だつた。
だが、“レーザー冷却”は今や実証され、ノーベル物理学賞にまで輝いているのだっ!!
 

嗚呼、そうして私は、湖に向かって横たわる大木の傍らに辿り着いた。
まるで人生のY字路の如くにも見えるのだが、行き先の無い橋にも見えた。

私は木の上に立ち、氷の下を覗きこんだ。
其処には、唯、黒洞々たる夜色があるばかりである。

宇宙にんの行方は、誰も知らない。

20030209/000791
『リンガリンガ』


 


「あ、ちんこ岩や!!


20030210/000792
『零下10度のグリーン』
さうして私は辿り着いた。
湖ほとりの温泉に。

雪景色の中で看板が無いならば、それは単なる“池”に見えただろう。
ガツガツとした岩で囲まれた水空間は、そういう感じだ。
長形の長辺は十数メートル在るものの、湖の雄大が横に在る。
零下冷気に対して40度程度では湯気も薄い。

此処こそが和琴温泉。
まごうことなき露天風呂
散策前半に到達した小屋の温泉もまたそうなのだが、
心情的にはこちらを“真・和琴温泉”と呼びたいトコロだ。

併設されている東屋が更衣場なのだが、塀となる囲いは肩高ぐらいしかない。
実にオープンな設計
スピリッツを如実に体現している。
そして、とにもかくにも自分以外は誰も居ない。

「ええぃっ! ままよっ!!」

古典的フンギリの果てに、今、我は全裸なり。

かつて、カントは、経験による裏付けのない不確実な推理を、
純粋理性の誤用に基づく仮象の論理学だと批判した。

だが、今、我は認識するッ!
嗚呼!
零下10度に全裸を晒すとは、こういう事かッ!!

サブイボよりも速く全身ありとあらゆる場所の毛穴が痛いッ!
皮膚は瞬時に発赤ッ! 身ぃの全てが薄氷に覆われたようじゃわい!!

はよぅ!はよぅ入らねば! 湯に!

おわっ! なにやら湯の中に
ミドリイロのブヨブヨした物がッ!?

見上げた看板には、こう記されていた・・・

緑色の正体は藻
意志の表面や水面上に緑色のものが見られます。
藻の一種でユレモ(藍藻類)などの仲間です。
これらは、池や温泉などで見つかっています。
日光があたり水温が高いと多く発生し、
一日で風呂全体に広がることもあります。

・・・なるほど。
水温300度を越える熱水鉱床のような高圧・高温な場所でも、
極限環境微生物は活動しているのだから不思議ではない。

湯船いっぱいのミドリイロと、雄大な雪景色に囲まれて、
ボクはその時、たしかに風景へと溶けていたのんです。


20030211/000793
『西洋忍法カッパ返し!』
今までの人生では親近感の無かった河童の心情が、
少しだけ解るような気がした。

露天風呂たる和琴温泉の水位は隣接する屈斜路湖と同等。
僅かな堰によって区切られているだけである。
全周囲の雪景色に囲まれながら水面から顔だけを出す。
海を泳いで沖を見た時と似ているのに異なる感覚。

北海道気候の映像などでよく見かける、
地の果ての露天風呂
そのひとつに辿り着けた気分を満喫三昧。

全裸で堰に立ち、屈斜路湖を制覇したキブンを味わってみる。
即座に寒風で肉体を操作され、
自動的に暗黒舞踊を舞ってしまうのだが。
 
毎度の事ながら昼飯を忘れていたのだが、旅先の充実で満腹々々。

「あれかのぅ・・・?
 メイドさんのカチューシャは、あれは武装に含まれるのかのぅ?」

様々な思いが来訪するものの、次第に思考域は
スッカラカンになってゆく。

人それぞれ精神の安定域はサマザマであろう。
だが、
多くの煮詰まってしまった人々に会って感ずるのは、その余裕の無さだ。
無論、そういう人は余裕が無いからこそ煮詰まっているのだが。
常に常に何かを思考し続けている為に、
自分で自分を疲労させている様にも見える。
多透なんぞは、気ぃ抜くとすぐに思考が
スッカラカンになる身。
“ココロに白紙を時折まぜる”のは良いと思うのだが、
白紙の多すぎる自覚にも悩んでしまう多感な年頃だ。
思春期?

そうして、あんまりにも白紙になっていると・・・

「熱いですか?」

突然ッ! 初老の男性に質問されてビックリ仰天!!
離れた所に車を停めて歩いてきた模様。
雪で気配を消すとは
アナドレーヌ。フランス忍者か?!

まったりと世間話をしたが、おっちゃんは風呂に入らず去る。
近くの木に積もり積もった雪が、バサリと湯に落ちる。

20030212/000794
『くの一忍法漢字練習帳』
しつこく温泉でダラダラしていると、どうにも生体時計が誤差三昧。
遠くでハクチョウの声が聞こえる。
今はイッタイ何時何分なのか?バスの時間に間に合うのんか?

遠くの空にクチバシだけ白色の黒い鳥が飛んでゆく。
なんか、ボウリングのピンを引き延ばした様な肉体の白い鳥が、
小さい翼をブルンプルンさせて飛んでゆくのだ。

「吉兆かも知れん」

とにかく寒いのが嫌だっただけなのだが、
湯に引きこもっていてもシアワセはやって来ない筈。

全身のありとあらゆるトコロをチヂこませながら着衣態勢。
そうすると彼方から、あれよあれよと言うまに白いカー。
青春車のスカイライン。
この解放性あふるる更衣場たる東屋に、何者かが接近!
「なぁに、我が柔肌ぐらい見られても良し!」

のほほんと構えつつ、実は足元に雪が積もっているので、
高速着衣が出来ないサダメ。

すると! なんと
推定二十歳のレデー2人がッ!!
我が背後で唐突に
脱ぎ始めるではないくわっ!?

夢か? 雪の魔術が見せた幻か? 宇宙にんの仕業か?

「あ、ごめん、すぐ出るから・・・」と、
照れたりなんかしてしまっている当方を相手に、
2人は会釈だけして
全裸完了!!

もぉ、
乳首もヘヤーも全解放のまま、
湯へと駆けて行った事であるよ。

そしてその後を追う様に、メンズ2名登場。
「寒すぎ」「ぅわ、あいつら丸出し」「やめて帰るか?」
ガッチリと前をタオルで隠して相方を追う2名。

・・・むぬぅ。
やはり、開き直った時は女の方が強いのか。体感温度とかも。
とにかく北海道は解放的なのんか。それともボクなど眼中に無しッ!?

イヤハヤなんとも。まぁ、こちらとしても、
それしきの事で眠れぬ夜が来る程の歳で無しの平常心キープしてこその、
浮かぶ瀬もあれ揺るぎないダンディズムとでもゆいましょうかつまり、
こいっあ春から縁起がいいでゴワス!!

20030213/000795
『毛糸とキイハンター』
黒い毛糸のワッチ帽。零下の中では強い味方だ。
頭寒足熱は適温範囲での理だと耐寒体感。

でも雪路で荷物整理していて帽子落として、
5分間探しまわった結果、捜索開始点の雪に埋まってたり。
やはり雪中ではモノクロよりも蛍光色の勝利。

先ほどの露天風呂に至るまでの長い歩き道。
雪路には
ウサギの足跡が数多く在った。
図鑑で見た通りだが、
野生のものを連続多数目撃するのは初めてだ。

見上げた鳥影の遠さを確認して、地に視線を戻す、と、
目の前の右から左を淡い茶色が駆け抜けてゆく。
キツネだ

それはあまりに速かったにも関わらず、
脳内の雪面に残像は鮮やか。

なるほど、
生き物は道と交差する

誰も見えない時間の中で、
知らない道を歩いている嬉しさの中に居ても、
実はその道もまた
“誰かが付けてくれた道”だ。

それがなんだか、自己感性内の幼稚な領域には悔しくて、
そうして道を外れて道の無い斜面を右往左往して進んだ。

そうしてはいても、結局は
に戻って来る。
そうすると、なんだか悔しさと嬉しさがないまぜになって、
道をつくりかさねてきた人々と時間が、
とてもありがたく感じられてゆく。

上手く書けないのがもどかしいが、
物語を紡いでいきたいのならば、
この感覚の実感は結構、
“鍵”だ。

その先を見たいものだ。

20030214/000796
『恐竜クォーターパウンダー』
日常と非日常の中で手に入れたものごとを、
その都度、そして繋がる日々の中で組み合わせ、
自身が主人公たる物語を認識する。

それを格好悪いナルシシズムと嗤うは易い。
だが、酔う事も出来ない日常に埋没し、
自己から目を逸らして他者を嗤う事にかまけていては、
自分の中に負けオタクを増長させるだけだ。

つなぎあわせてみよう。

その1日の中で・・・
朝寝坊し、長い道を見て、長い道を歩き、鹿を見て、
雪の中をゆく列車とバスで湖に辿り着き、雪に触れ、
その誰も居ない風景を独り歩き、鳥を見て、氷を見、
地獄の地名を持つ場に辿り着き、そこから坂を登り、
クロスカントリースキーヤーズに遭遇し、大木を見、
狐に前を横切られ、露天風呂極楽三昧で女の裸を見、
帽子を落とし帽子を拾い、そしてバスを待っている。


ひとつひとつの意義と感動はその
瞬間それぞれに在る。
誰のものでもない
自己時間軸での自分の体験であるから、
ひとつらなり物語に例えるのもまた自分には容易。

だが、自分の物語を得たのならば、
大切なのは酔う事ではなく、
抽出し、にする事だ。

見よ!この場所にも
クッシー像は屹立している。
家々の扉はことごとく閉ざされ人影も無く、
自販機も無いので水分補給もできず、バスは遅れ、
プルプルと震えているボクの前に立っている。

それもまた啓示なのか?

あまたのパラレルワールドの中には、この地に至る事もせず、
コタツでフテ寝してプーたれて太り続ける自分も居るだろう。

もしくは、
凍れる湖から突如出現したクッシー妖精に告げられる自分も。

「おまえさんが落としたのは、
 この金の物語か?それとも銀の物語か?
 あるいはクッシーの胸の肉カッキリ4分の1ポンドか?」

「三波春夫でございます」


20030215/000797
『すぐに夏は来る』
日々はスーパーカーの如く駆け抜け、3月の声も聞こえて来る。
北海道ネタはまだまだ記しておきたいものの、
日々の記録もまた少しは蓄積されてゆくもの。
 
春期の青春18きっぷ発売も接近。
今年は3連休が少ない為、
土曜に仕事してる身としては20時間程度で徘徊帰還できる旅を画策。
零時過ぎ大阪発の夜行列車を活用しようかと。

歩みは遅いながらも、外向きのチャンネルを増やしてきた数年。
少しは旅慣れてきたかとウヌボレつつ、夢想は膨張。

夜行列車・洞窟・無人島・海水浴・キャンプ・自転車行・・・・
温泉・野宿・山越え・・・などなど、
ちょいと琴線に触れた方はお気軽に、ひと声かけて鍵かけて。

20030216/000798
『迫撃のストーンロード』
1月、北海道旅行の余韻も醒めぬままの週末。
行動隊『ドーゼオーバーズ』の企画で、
“高野山登山”へ。

南海電車にて難波を午前7時発の急行で
九度山駅へ到着。
駅から川沿いに少々歩いて
慈尊院へ。
この地が古来における参拝登山の始まりであり、
帰山の終わりでもあるとの事。
 
九度山駅の次の駅である極楽橋駅からはケーブルカーが出ており、
頂上までの自動車道路も整備されてはいる。

だが今回は古来の参道である
“町石道”と呼ばれる山道を登るのだ。
頂上、高野山奥の院までは約24km。

道の脇には1町(約109m)ごとに石塔が立てられており、
登山者の励ましになっている。
頂上を1番として、それぞれ順に番号が刻まれているのだ。
実際、
かなり励まされた。

石塔は卒塔婆であり、合計216本が建てられているそうだ。
平安時代(弘仁)には木製だったそうだが、
西暦1266年頃から20年の歳月を費やして石造りとしたとの事。
現在、国の史蹟となり、
『かつらぎ高野山系県立自然公園』内に今も在る。
 
今回の参加メンバーは・・・
セックスドクター(ペットはウサギ)
ダイヤルガイ(ダイヤルに強い)
ギョウジャニンニク(四国遍路徒歩完遂のツワモノ)
ワンダリングボイ(多透:すぐ道に迷う)
・・・の4名。(すべて仮名)

実は、多透以外の3名は登山経験豊富であり、
この道も初めてではない。

それ故に、ペース配分は適切にしていただけるのだが、
自分の
スタミナがどの程度もつかが心配しまくりな登山開始。

20030217/000799
『サントリーロード』
参道という経緯も在ってか、勾配はさほどキツくない。

そんな道の途中、
崖下に向けて放尿するセックスドクターの姿が在った。
「バチあたりんがっ」
2人は同級生だったのでダイヤルガイの言葉は容赦ない。

見ると、隣には
鳥居が2つ並んで建てられている。
道から見ると、
鳥居の向こう側には山々が連なる“空間”しかない。
つまり、この山々そのものを神域とした象徴としての鳥居。
 

これもまた国の史跡である
『二ツ鳥居』だ。
紀伊続風土記によると、弘仁10(西暦819)年5月3日、
弘法大師によって建立との事。
木製であったものを慶安2(西暦1649)年5月、
補陀洛院兒遍が私財を以て今の石造りとしたとの事。

なるほど、石化の歴史は石塔の方が350年ぐらい長いのか。

同じ時間の延長線に居るにも関わらず、数字で振り向けば一瞬。
この時間感覚を
可変させて様々なものを見る能力に長けていれば、
歴史家にも創作者にも成れるのだろう。
時間感覚を可変させる事も無く、
現在さえも認識せずとも生存は可能なほどに、此処は平和な国なのだが。
見る事が可能な状況が自己行動の向こうに在るのならば、
其処に辿り着きたいものだ。

キャンプ用コンロで湯を沸かしてもらい、コーヒー休憩。
筋肉が休息モードに浸りきってしまうのを防ぐ為、
30分以上の休憩は無し。

やはり、山慣れしている方々はペース配分が上手い。
素人多透も未だ元気に前進せり。

20030218/000800
『ゴールwho』
 
ゴルフ場の外縁をかすめるように山道は続く。
作られた空間といえども、見通しの良い広さは気持ちいい。

丁度、コース整備の為に伐採をする日時だったらしく、
山道と交差する道路から軽トラが数台。
すれ違った地点だけでも十数人が作業。
人の為に何かを維持するには大勢が必要なのだという実感。

見晴しの良い所で昼食。
インスタントラーメン大会
キャンプ用コンロの火力は良好。コッヘル程度の湯はすぐに沸く。
水ボトルは持参したが、さほどの量でなくて済んだ。
もっと難度の高い登山行となると、
多透には未体感な
装備量になるのは必然。

そういう努力の先でしか辿り着けない場所にも行ってはみたいが、
同行者に迷惑をかけない為にもマダマダ肉体改造が必要過ぎ。
 

20030219/000801
『押せ!神秘のボタンを』
登山道といえども、尾根づたいに回り込んでいくかたちになる。
その為に登りくだりは緩やかに繰り返される。

急勾配を短時間決戦で登るよりも、
だらだらとした登りを長時間ゆくほうが疲れる場合も在る。
その実感を全身で味わいつつ、今回の行程では一番の峠を迎える。
その寸前には一般道路と交差する地点があり、
ガソリンスタンドでトイレ休憩。
 
自販機には“ミステリーボタン”が存在。
出て来る物は“なまぬる〜い”とか“赤い水・維力”とかではなく、
普通の商品だが。少し安くしてもらえるシステム。

この地点を過ぎると、どんどん人里離れた道へと突入。
 

20030220/000802
『美形母娘の襲来』
この日の道行きでは、同じ道をゆく人は少なく。
50代男性がひとり。
二十歳ぐらいの娘さんとその母親とみられる2人連れ。
我々4人は集合したり2人が先行したり。
それらが各々のペースで、ゆったりと抜いたり抜かれたり。

母娘ふたり連れは遍路装束に身を包み、健脚である。
この地に参拝した後、つづいて四国遍路をまわるとの事。
その意気に見合うだけの確かで健康な足取り。くの一か?
母娘ともに美しい。母親は
バレーボールとかしてた感じ

自分という人間は、つまるところ、
その
信仰心の有無や強弱よりもに、
その道程を達成しようとする
気概実行にこそ・・・
美しさを見たがっているのだと知る。

後半ともなると、各集団の距離は開き、
そうして時には個々にもなる・・・・・・・

や、ようするに皆に先行してもらい、
前半のトバし過ぎが響いてきた多透は最後尾でトボトボ、と。

むぅぬ。熟練者は後半までの溜めリズムが凄い。


20030221/000803
『ブリッジリンク1185
出発当初の服装は北海道行に準ずるものだった。
しかし、流石に登坂行動は
熱量が違う。
気温は10度をきっていたが、暑くて上着を着ていられない。

それでも休息時には体温低下で疲労を重ねない為、上着着用。
歩行時、上半身が暑くても指先は手袋が無いと血管収縮で
れてくる。
今後は荷物の出し入れ易さにも更に留意した装備にしよう。

高野山年表によると、
平安時代の弘仁7年(西暦816年)に、
弘法大師が高野山開創の勅許を賜たと在る。
その後、
弘法大師が勅許後始めて高野山に登ったのが弘仁9年(818年)・・・
・・・
現在より1185年前

その頃も、そしてそれ以前の時の中でも、
同じ生き物であるヒトが同じ道を登っていたと知るのは感慨深い。

いきなり無節操に神仏へと
思考依存するのではなく、
同じヒトの営みとしての歴史をこそ感じてゆきたいものだ。

山々の側面を、細い道は曲がりくねりながら繋がっている。
かつて崩れた崖が道に亀裂つくる所や小さな谷間には、
が架けられている。

その橋の設計が、屈斜路湖畔に在ったものと
同じ姿である事に気付く。
国政のなせる技か?同じ規格か?

記憶の中に在る橋と
同じ姿の橋を再び渡る。
橋の姿は違えども、
同じ地の橋同じ生き物も渡ったのだろう。

歴史深い地を歩くという事は、
その時間の重みに畏怖しすぎてしまう為や畏縮する為ではなく、
まず時間流を認識する為の良き機会なのだと知る。

20030222/000804
『過日の巡礼者』
登頂終盤つづら折り。
経験値の差が出てきた為、皆には先行していただく。
ゆるやかな登り坂なれど、道の横は深い杉木立。

山という場は基本的に何処においても、
途中で座り込んでも何ら解決に繋がらない場だ。
出発から間もない頃ならば、横道にそれて他の駅に下る事も可能だが。
元よりこの程度で断念する気も無し。
極度の体力勝負をせずとも登れる道程なので、要は、気合いの問題だ。

古来、人々はこの同じ道を登り続けてきたばかりか、
西国巡礼の一里塚ともしてきたのだ。
四国遍路も難路が多いそうで、不作法な比較はしたくないが、
西国巡礼は
札所間距離が結構あるというのに。

全身に乳酸値の高まりを感じつつ、登坂完了。
高野山の標高は985m。気温3度。午後3時。
出発から6時間の行程だった。

我が体内にオタク因子が厳然と在る以上・・・
日本橋
オタクストア巡礼6時間もまた可能ではあるが。
この登坂6時間を実に楽しめたのもまた厳然とした事実。

自分が誇るべきは実はどちらでも無く、
自分が受け入れるべきは在ったがままの事実だ。

20030223/000805
『山門少年団』
勾配の緩やかさに助けられたせいか、
小休止で再び歩きだせた。

高野山大門が悠々と在る。

多透の様な素人には、
この大門を通れば威厳溢れる建造物が並んでいると考えられた。
しかし、実際、門のすぐ向こうに待っているのは・・・
実に普通の
“町並み”である。

そう、参道も寺院も含めて此処は
“町”なのだ。

大門を越えてすぐの空間では、
小学生たちが
野球遊びをしていた。

何処にでも在りそうで実は数少なくなっているのかも知れない情景。

その側に在るのは、
我々が登ってきた参道『町石通』の完遂を示す最後の石塔。

20030224/000806
『ザ・密教ガイ』
天候条件が良ければ、大門周辺から淡路島が望めるそうだ。

高野山頂上までの自動車道路は日本の道100選にも選ばれている。
山間道路の常としてカーブが多く道路幅が狭いので、
面白い人には面白いだろう。

連峰の中、そのひとつの頂の上なる平地に町が在る。
考えてみれば
特殊な環境ながら、町並みは普通の顔でもある。
 
だが、その根幹に在るのは寺院。
真言密教の修行道場であり、全国に広がる高野山真言宗の総本山
至る所、
国宝と重要文化財だらけ
町を歩いているだけで既に、
数多くの御堂・仏塔・仏像・曼陀羅に囲まれている。
杉の樹々が見える向こうには、奥の院。
太閤秀吉から太平洋戦争の英霊をも含む大きな墓地が在る。

奥の院まで進むには時間が無いので、
奥の院と並ぶ二大聖地のひとつである壇上伽藍・大塔・金堂を見学。
威風堂々の建築物。
高野山開創当時、最初に建立が始まった場所だとの事。

『ゆく年くる年』で見たような鐘つき堂も在る。
 
撮影禁止の内部は、外に雪残る気温も手伝ってとした気配に満ちる。
靴を脱いで歩く板の間から、靴下越しに冷気が伝わってくる。
防寒性能を重視していない法衣でおつとめする方々の気概を思う。

伽藍内部に入ると、他の寺院とは異なる印象に気付く。
日本、そして中国よりも更に西方・・・
ビルマや、その
彼方の息吹が造形に残っているのだ。
 
それがたとえ見えないものでも近いものは近く、遠いものは遠い。
それでもなお、時間の中を擦り抜けるように染み抜けるように、
源流が今も在る事を感じられる空間は、なんと面白いのだろう。

20030225/000807
『ケーブルガイハウス』
九度山駅の次の駅である極楽橋駅からはケーブルカーが出ている。

バスは、町中央部の「千手院橋」から「高野山」駅までが270円。
南海電車で「高野山」から「なんば」までケーブル込み運賃1230円。
高野山駅は近畿の駅100選に選ばれているとの事。

100以上の寺院が在る高野町を後にして、
ぐりんぐりんと曲がる道をバスで高野山ケーブル駅まで十数分。
ケーブルカーは十分たらず。

ケーブルカーは
“人生前のめり”を体現した様な形状が魅力。
車体内部もあらかじめ傾斜設計されている所が味わい深い。
家財道具をシンプルにすれば、
二階建て住宅もこれならば
内蔵できるのではないだろうか?

その日の気分や状況に応じて高度を変えろ!
「海水面が急上昇しても大丈夫だネ」

20030226/000808
『シンプルクライム』
とにもかくにも、徒歩6時間で登った高度を半時間で帰還。

登る前は、その時間格差を味気ないのではないかと思っていたが、
実際に体験してみると
帰路が楽なのは精神的にも楽ちん。

まがりなりにも自分で登りきる事ができた
前提が在るからか?

自分の歳が認識されてくると、
“できる”“できない”よりも“やる”か“やらない”かが重要。

何かを成し遂げたからといって、
それからの人生がその既成事実だけで乗り越えられるわけではない。

けれど・・・
“できる”“できない”の思考が先行してしまうと、
行動の前に足踏みしてしまって自分の世界を狭くしてしまう。

“やる”か“やらない”かを考え過ぎても言い訳や恐さが増殖して、
狭い世界に引きこもってしまう。

“あれをしよう”“これをしよう”の夢想ばかりが先行して、
実行が伴わなければ負けオタク化が
侵攻してしまう。

“できる”“できない”より“やる”か“やらない”かが先攻。

自分よりも何十年も多く生きている方々の、
その格好よさを見せてもらっている毎日に思うのはそういう事だ。

まず、些細な事でも実行し、それを自分の踏み台にしていこう。

実際、格好いい人は、
“あれをしよう”“これをしよう”の空虚な夢想だけではなく、
“あれをした”“これをした”の矮小な自己満足だけでもなく、
“あれをしたから次はこれをしよう”という積み重ねを、
ただ当たり前に
既に出来ている人だ。

この当たり前を“やる”か“やらない”か。

20030227/000809
『高野レンズ魔女伝説』

高野山でも
ナイスな風格の人々が大勢。

写真サークルか、カメラ持った高齢方々が多数。
気合いの入った高級機材に圧倒される。
あれほどまでに多数の交換レンズは要るものなのか?
当然の如く・・・
大荷物になってでも装備を取り揃えて挑むのは男性が多数派。
男子たるもの自らのオタク気質と
一生向き合ってゆかねばならぬのか。

鐘つき堂前には、ロシア女性を思わせる方がひとり。
どう見ても日本人気配が濃厚なのだが、
「おばちゃんな、ロマノフ王朝の血ぃ引いてるんやで」
と言われたら納得してしまいそうだ。

大学で専攻しているのか、しっかりとノートに何かを記している女性がひとり。
美人だったせいもあるのだが、“場”そのものに似合う絵になっていた。
人は、自覚していようがいまいが多くの時間で他者の視覚空間に位置する。

願わくば、美しくなくともせめて醜くはなく風景に溶け込みたいものだ。

20030228/000810
『マックス・ブッダ・ルーム』

焼き芋400円。
これまた何故か
美人母娘の焼き芋屋さんから購入。
大中小サイズの内、小は売り切れで大はデカ過ぎ。
自らの
中流意識を恥つつ、中サイズを購入。
バス停横で、セックスドクターと2人が各々の芋にカブりつく。

ふぬむ。
振り返れば、焼き芋を最後に食したのは
何時の事だったか?
記憶の中に在る焼き芋は、
焼き芋として在りながら記憶時間の中で不安定だ。


高校の時、彼女と道ばたで食べたのは何月だったのか?
あの時に見た鳥の羽根は何色だったのか?

その時が遠く過ぎてしまわないと、
その時間の贅沢さにも気付けなかった。

それは、大人になってから気付く・・・
ドリフと競演していた巨大操演人形ジャンボマックスの、
その一挙手一投足に必ず存在していた労力にも似ている。

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