『大作戦日誌』20020501-20020531
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『チクタクエキス』20020501/000521

自分の生体時計は鍛錬しておくに越したことはない。
子供の頃に比べて、部屋にも家にも町にも時計は増えたけれど。

平々凡々な多透の日常では、生体時計なんて、
まず必要になる事など無い肉体機能だけれど。
脳裏に浮かべた時間が地球時間と一致していたら嬉しいのも事実。
ちいさなしあわせを自覚する事が、ちょっとした自己認識になる。

太陽は勿論、生体時計の大切な歯車だ。
空を見る事の少ない生活は辛い。

あと、肉体疲労が蓄積しているであろう時、
生体時計が奇妙に狂っている事が在る。
それはそれで、自分が別の時間に紛れ込んでいたかのようで、
楽しくもある。

生体時計を駆動させる部品として、“基準記憶”をつくる。
一方通行の時間の流れに、「よし、今やぁっ」という感じで、
ちょっとしたフラグを立てておくのだ。
その旗を基準にして生体時計の目盛りを読むと、
ちょっとばかり読み易い。

誰に証明する訳でもないから、まったくもって自己満足。

けれど、
地球時間と同軸ではあるけれど、
自分の時間が流れている事を認識するのは面白い。

自分がどれだけ時間を無駄遣いしているのかが解るし、
ほんの時々、調子よく無駄遣いできていると嬉しいし。
『モーニンガーの猫』20020502/000522

生体時計を鍛錬していても、狙った時間に起きられるとは限らない。
夜明けを見たいのに自信が持てない夜は、“起きとく”が単純な答。

自分のシャッターセンスとデジカメの性能、
そして電脳上での色彩補正に自信が持てない時は、
“自分の目ぇでしっかり見とく”が当然の答。

自分を振り返ってみると、カメラを持っていた旅で、
カメラを持っていたが故に見逃していたものが多い。
ファインダー越しではない水晶体を優先したいと改めて思う。

  

外洋をゆく船の上で、広大な天蓋に太陽と月を見る。

ユーホーは発見できず。

『瀬戸内銀河系』20020503/000523

4月29日、13時過ぎ。

船は予定より半時間ほど早く徳島港に着いてくれた。

惑星トクシマァ・・・

鉄道よりも自動車よりも、船という乗り物は、
“異星にきました!”妄想ゴッコに適している。


フェリーの運行に合わせて、1日に2便しか無いバスを待つ。
ここに限らず、たいていのフェリーターミナルは辺ぴな場所に在る。

嗚呼! いつの日か、宇宙港もきっと辺ぴな場所に出来るのだろう。
多透は偏屈なシジイになって、港への長い道をゆこう。

人々が下船しようとする頃、
がらぁんとした2等客室に1人たたずむのは風情のあるものだ。
船窓からの光が、微かに揺れながら沈黙の船の中を満たしている。
が。
町への連絡バスは限られているので、
あまりダラダラと下船を遅らせるのは禁物だ。
酷暑の中を町まで延々と歩いた、ひと夏の経験を思い出すぜ。

いつの日か・・・
繁忙期を避けて、離島へのフェリーに乗り、
誰も居ない2等客室のカーペット上で奇声を上げながら、
側転したり前回り受け身で過ごしたいものだ。「ハーッ!」



徳島から大阪へは高速バスにて3000円ほど。
2時間台で走ってくれるので、半日ほど徳島市内放浪を決定。

バスから徳島の街並みを撮ろうとしたが、あまり写っていない。
デジカメの電子頭脳を狂わせる能力を持った遊星人が同乗していた可能性大。

『素肌だけのドッグで』20020504/000524

尋問には弱い。白状しよう。徳島は10年ぶりだ。
徳島のマスコット“すだち君”は健在のようだ。
徳島駅前は賑やかになっているような気がする。
地下階は在るものの、地下街は無いようだ。攻めるなら地下からだ。
駅から徒歩数分の古本屋も健在だ。書架の密度がイカスぜ。

旧友の家の前を通る。方向音痴にしては意外と覚えていたものだ。
なんだかんだで連絡を忘れていたので、遭遇できず。
通り過ぎてから気付いたが、旧友は結婚・出産を経て、引っ越し、
同じ市内で独立開業していたのだった。
ピンポンダッシュしていれば、如何なる運命が待ち受けていた事か。

嗚呼、あの過ぎ去りし夏、
皮膚疾患の為に全身丸刈りにされていた犬は健在であろうか?

 

『幸福な桃色が支配する』20020505/000525

そうして徳島市内を徘徊し続けていると、ある違和感に到達する。
道ゆく人々が皆、
民族衣装(ワフク・・・と言うものか?)に、身を包んでいるのだ。

「フフフ・・・今日も俺は異邦人さ・・・」

だが、はたして、単なるニヒリズムに酔っているだけで良いものか?
なにしろ、10年ぶりの異星である。
生活様式が似通っているからといって、油断してはならない宇宙の法則。

そうして道をゆけば、川のほとりに来た。

其処では人々が集結し、
なんらかの儀式を行っているようであった。

祝祭空間特有の高揚したオーラが、
晴天の中に立ち上っている。

「あ!あれは何だっ!?」


群衆の向こう、天空から睥睨するかの如く、
ピンク色の巨大生物が、
君臨しているではないかッ!!






「支配者・・・なのか?」

だが、驚愕の中で周囲を見回せば、
それでも皆、
幸福へと至る表情の中に居るのだ。







荀子の言葉によれば、
『 徳をもって人を支配する者こそが王であり、
  力をもって人を支配する者は弱く、
  富をもって人を支配する者は貧しい・・・・・』

異星には異星の不文律と幸福が在るものなのだ。
さぁ、自分は自分の終わり無き日常の中へと帰還しよう。
そして自分の法の中で生きてゆこう。


【追記】
帰還した後、早くも日焼けにより、ひと皮ムケる事となった。
ただ、不可思議な事に、右肘関節付近のみムケているのだ。
やはり、あの日あの時、なんらかの“力場”が作用していたのであろう。
“ビッグモモ”(仮名)おそるべし・・・

『超電磁島ボルネオV』20020506/000526

「チミはよぉアッチコッチ行きますなぁ、フヒヒヒっ」
と、時には言われたりもしますが。

歳並みに色んな方々と知り合って、
とてつもない“旅人”の話を直接や間接にお聞きしますると、
多透なんぞヒヨッ子の尻毛のようなものだというのをヒシヒシと痛感。

最近では、黄金週間に、
ボルネオ島までダイビングしに行った御夫婦の話にメロメロ〜ん。

世界最大とも言われる洞窟空間!
とにかく鍾乳洞だらけ!
巨大な石灰岩台地!
悠久の時の中で蛇行した河から分離した三日月湖!
熱帯雨林の多種多様な蠹の群れ!
石灰岩の白い断崖絶壁沿いに海へと潜る!
光の届かない海底の闇へと遠く続く白き断崖!

こぉ・・・
小学生の頃からの“地球空洞説”ファンとしては、
ワクワクを5億倍にされまくりで・・・

東ティモールの独立報道で近辺の地図が示されて、
ボルネオ島がチラリとすると辛抱たまらんよぉに!

去年、
城崎温泉の玄武洞公園でウハウハした記憶も蘇りまくりだし、
今年は洞窟も予定に入れたくなってシュバダバダっ!!

まぁ、装備の要らない観光洞窟ですが。

『ほら穴アマゾネス』20020507/000527

友人の登山家へ質問させていただいたところ、
奈良県内でも面白い洞窟が多々在る事を確認。
洞川温泉近辺とか大峰山麓とか、ものごっつう楽しめそう。
これは行かねば
や、・・・まずは連れて行ってもらおう!

慣れない車で山道を行くより、近場までバスで行くのが得策との事。
徒歩1時間圏にバス停が在る所が多いので、楽しく歩けとの事。
落盤で見学できなくなっている所も多いので、事前確認を怠るなとの事。

うぬーむ。
レトロSFバックロジャースみたいに、
落盤で生き埋めになったまんま、なんか放射能とか含有の地下ガスの為に、
眠ぅぅり続けて幾星霜〜あっとゆう間に500年・・・
未来世界に目覚めた途端に銀河を揺るがす戦いに巻き込まれて、
“25世紀の戦士”として生きねばならぬ運命が!
・・・待っていたらどぅするべきか?

・・・やるしかないのか?

『日本洞窟リスト』20020508/000528

http://members.tripod.co.jp/ntc2/list/index.html

ちょっと検索しただけでも、ネット上にはツワモノ列伝。
おそるべし、地底の魅力。

寺社仏閣の“胎内めぐり”や“階段めぐり”の仮想洞窟や、
現世と黄泉の国の境となる黄泉比良坂(よもつひらさか)の例も在る。
やはり、狭き闇の中から地上の光に触れて黄泉帰る事は悦楽なのだ。

『地の底から山頂の青までも』20020509/000529

元物理教師のブツリさん(仮名)によりますと、
60〜70年代にケイビング(洞窟探検)が結構流行ったそうで。

70年代後半なら、川口浩探検隊の影響も少なからず在ったのだろう。
現在20代の方々は、嘉門達夫の歌ぐらいでしか御存知ないだろうけれど。
当時のコドモゴゴロには“密林”や“巨大洞窟”の映像だけでエクサイト!
よく笑い話にされる演出も、昨今のヤラセに比べるとホノボノしたものだし。

この同じ地球に、ほんまもんの“ロストワールド”・・・
恐竜が生き残っていなくとも、“人の手がいまだ触れざる地”が在る。
その“想像力”を与えてくれただけでも有り難かったのかも知れず。

“ちいさな地図”しか現実に持っていないコドモには、映像は翼だ。

そして昨今は“本物”の映像がモニター上に沢山味わえる良い時代だ。
それで満足できるのなら、それはそんなに不幸な事ではないのだろう。

歳をとった未来の寝床で、
「ぁあ、もっと色んなとこに行っとけば良かった」と、
思考しないで済む自信と決意が在るのなら。

多透は、そんな自信は無い。

『科學少年から3マイル』20020510/000530

近年、いろんな人の影響で浅学ながらも“理科好き”指数上昇。
“夜更かしの供”NHKの知的好奇心刺激系番組再放送は勿論、
『趣味講座・大人の遊ぶサイエンス』なども素直に面白い。

“鉱石ラジオ”“ホットエアーエンジン”
“鳥型はばたき飛行機”“ガラス細工で手製顕微鏡”・・・
単純な構造だからこそ微妙な調整が必要な、ノスタルジアサイエンス。

ケレン味の無い普通の番組だけれど、
だからこそ、そこで示される事に刺激されもする。

NHK趣味講座の副読本は、わりと店頭存在時間が少ない気がする。
料理などの定番ものはともかく、上記のような短期ものは特に。

数年前の『宇宙を夢みた人達』は足で探して入手できずじまい。
今回はネット通販で頼んだものの、出版不況の昨今は部数が少ないのか、
amazon.comでは取り寄せで遅くなってしまった。
書店で見つからない場合、やはり出版元に頼むのが一番早いか。
書籍のネット通販は、取り寄せだと数週間待たされる事も在るので、
足で探すかゆっくり待つかの見極めが大切。

読むという行為には“波”が在る。
待てる時は待てるが、飢えている時にはそうもいかない。

理科知識というものにも、そんなところがある。
幼い日々に、世界に満ちる驚異とその命のメカニズムを、
その一端を知るだけでワクワクできた頃も確かに在ったのに。
そのうちに“勉強”と“面白い事”のリズムに差が生じ、
あんのじょう、多透みたいな凡人は物理の試験で苦闘したりする。
学校を出てから、「ぁ、理科ってこんなに面白かったんや!」と、
シンプルな解に再会する。

とりあえず、鉱石ラジオでも作りたくてたまらない。

刺激されたら、
自分の責任において動くことが出来るのが大人になって良かったトコロ。

人の道に外れない限り、なんでもやってやるさ。

『スカタンクロス』20020511/000531

スカタンターン! スカタカターン! スカタンターン!
宇宙の謎が絞る!空はイナヅマ粘る!何故だ!誰だ!くろい影。

紳士淑女の皆様、
今宵も『スカタンクロス』の時間がやってまいりました。
銀河にあまねく設置された“宇宙盗撮機”より振り絞られる映像で、
今宵の歓楽も明日への活力。

さぁ、世紀の実験が今か今かと未知と名が刻まれたの扉の向こうに。
無論、銀河における世紀の実験でありますからして、
1世紀に1度しか出来ない真実は何時もリリカルでありますが。

ここはひとつ、どうかひとつ、
実写版『ドカベン』で殿馬を演じるのが川谷拓三である事を黙認するような、
大らかな宇宙単位でロックリバーへ相乗りとしゃれこもうではありませんか?

そぅ、歩み寄り! 大切な事です。
世界の人々が全て歩み寄れば汗ばんだ熱気がムンムンであります。

さぁ!今宵の情報発信地は“惑星オゥサカー”・・・
太陽風の交点である銀河パンチラスポットとして有名無実であります。
ドップラー総統とパンチラー総統も御満悦であります。
アナコンダ型盗撮機が住宅街にバッチリとマッチします。安心であります。

・・・なるほど、時差により、昼下がりの実験風景であります。
フローリングの職場で逆立ちする三十路マンが見えます。

逆立ちとゆいましても壁面を頼りっぱなしのスウェーデン式。
何故だとゆいましても後面の壁面・前面の冷麺。
為政者によって刻まれたラベルは『デラックス冷麺』であります。
『サラダ冷麺』と比しても決してレア物ではありません。
むしろ、『関西スーパー』においては、より安価であります。

それにしても何故に逆立ちか? バンクスピリッツでバンク修理。
逆立てられた髪のようにナウいヤングのフンマンの象徴でありますか?

逆立て!逆立て!逆立ち冷麺。
若さには夏の水面の如く煌めく刹那が在るものです。
なるほど! それが青春の栄養素。噛むぜ!カルシウム!!

ヤツらの摂取した食物は食道部の筋肉が蠕動運動する事により、
逆立ちしても寝ころんでも嵐の中でも食事が可能。
それに挑む!それと戦う!そこにしびれる!あこがれる!

まさに、ビデオ箱の裏に“グルメホラー”と書かれながら、
決してそんな事はない映画『地獄のシオマネキ』状態。

ゆこう!
さぁ、箸よ!いざなうがいい!神秘の洞穴へ!!
口腔内の空気乱流を無視すれば、空気抵抗は速度の2乗に比例する筈。
kv^2=mgとなり、速度はおよそ質量の平方根に比例するから、
理論上、冷麺の速度は光速を超えない筈!

さぁ、運命の時・・・ 君の運命の時、僕は何をしているのだろう?

願わくば、君よ、悔やむなかれ・・・
実験こそが自らの開発に繋がるのです。失敗さえも俺の触媒!
実験なき青春に何の意味が在りましょうか?

“レイメング・エクスペリエンス” ・開・始・



「げはぁぁっ!!」

【しばらくおまちください】

『映画を夜に置くように』20020512/000532

5月11日の夜から12の朝にかけては、
ちょいと久しぶりにオールナイト映画4本立てに行く。

『京都みなみ会館』では定期的に色々と上映会をしてくれている。
これは、結構うれしい。
しょっちゅう行かないにも関わらず、
そこに行けば何かしてくれているという安心が自分勝手に嬉しいのだ。

映画館は、近鉄東寺駅徒歩すぐ、JR京都駅から歩いても遠くない。
JR京都駅は、あいかわらず雑多なエネルギーに溢れている。
リニューアルデザインで物議をかもしてから早幾年。
外見はどぅあれ、あれだけの人々の行き交いをはらむ場所は、
確実に大きさが必要なのだとも思う。

劇場には早めに着いてしまったので、
がらんとした小さなロビーで奇妙な静けさを知る。
扉の向こうでは暗闇の中に別の世界が投影されているというのに、
そしてそれは特別な事ではなく何処の映画館でも存在する現象で。
ただ、今夜はそれが、あぶり出しのように認識された。

扉が開くと、以前よりも改装されて更に落ち着いた雰囲気に。
終夜観客は40人ほどか。
空席は目立つものの、それはマイナスイメージではなく、
ゆったりと観る雰囲気に繋がる。
劇場は、物語世界への駅ではあるけれど、
それほどの大きさは要らないのかも知れない。

23時から、上映が始まった。

『A Hard Day's Night』20020513/000533

『ビートルズがやって来る/ヤァ!ヤァ!ヤァ!』が、
日本初公開時の邦題だったのも素直に受け止められる映画。
実は今回、初見。

『A Hard Day's Night』の歌自体の追想だと、
知ってる女の子(当時)が十数年前、仕事帰りの終電で、
酔っぱらった外国人集団が集結した車両に乗り合わせてしまい、
この歌の車内大合唱につきあわされたという体験談を思い出す。

映画は、とにかく4人が追っかけられたりふざけたり歌ったりの内容。

なんか、同じく4人が追っかけられっぱなしの番組、
TVシリーズ『アニメ・ビートルズ』を見ていた事があるので、
追っかけられっぱなしも不思議に納得。リアルの方が先なのに。

大画面でモノクロ映画を観るという行為はそれだけで心地よい。
脳内で色彩を当てはめるのではなく、陰影を感じる楽しさ。

ただただシンプルに風景を楽しんでいたら良い種類の映画だと思う。
それは4人の居る風景であり、当時の町の風景であり、1964年であり、
リンゴ・スターがフラフラ散歩するシーンで急に奥行きを増すカメラ構図。

4人とも、おもろい顔(ほめことば)してるのがいいなぁ。
苦み走った色男ぶりはジョージ・ハリスン。
色物顔ぶりはリンゴ。アニメでは確かギャグ担当だったのも頷ける。

あと、とにかく、ジジイ大活躍映画。
ああいうジジイになるのも良いかも知れない。

『カウボーイズは道に居る』20020514/000534

オールナイト上映2本目は、
『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』
1989年のフィンランド映画だ。
監督は、渋い“負け組映画”を撮ると評判のアキ・カウリスマキ。
4本立て上映だから、ここで少し落ち着いた匂いの在る映画を入れるのか?
などと終夜上映会なりの推測を楽しんでもみたが、思ったより陽気。

北の果ての大地から、アコーディオンやギターを手に手に持って、
クチバシの如くトンがったリーゼント&トンガリ靴が9人も並んで旅に出る。
めざすはアメリカン・ドリーム。そこまで行こう。オマエの犬もリーゼント。

あまり台詞が無いせいか、カウボーイズの扮装のせいか、
画面が鮮やかに彩られる時が在るのに、モノトーン画面の雰囲気も。

ゴツいアメ車を売る中古車屋の兄貴が、なんか見た事あるサル顔やと思って、
後で調べてみたらジム・ジャームッシュ監督だった。出るの好きなのか。

カウボーイズは落ち込まない。ゃ、落ち込んだりもするが停滞しない。
同じ場所に立ち止まっていたら凍り付いてしまう大地から来た。
英語もロッケンロールも勉強してしまう。下手だと嗤うよりも前に。
リーゼントは前を向いているからサマになる。うつむいてると変なだけ。

ロードムービー。此処から其処へ。其処から何処かへ。

物語の中での移動は快楽だ。
現実での移動とを天秤に掛けるのは劇場を出てからの問題。
映画と対峙する自分は、カメラの速度と同じかそれ以上の速さで旅をする。

凍るような空。凍った農地。トラクターの色。変な公衆電話は寒風よけ装備。
寒くない空。広さ。煙突。人影の無いアメリカ田舎。荒野に横たわる長い道。
凍っていない海。だんだん暑くなってくる空。何処だって広い。それが大陸。
この道を行けばメキシコ。

冒頭から“ツンドラ・無人の荒野”と表示されたり、
テロップで場面転換するところが、なんだか絵本のようだ。

“絵本のようだ”と思った瞬間、
トニー・アンゲラー作の『すてきなさんにんぐみ』を思い出す。
そっか。やっぱり今でも、あの絵本が好きなんだ。

『バスがピンクに染まる時』20020515/000535

オールナイト上映3本目は『プリシラ』・・・
1994年のオーストラリア映画。

オーストラリアの大荒野を走るピンクのバス。
乗っているのは3人のドラッグクイーン。
それぞれの事情、それぞれの傷。
傷なんて、オカマだろうと誰だろうと当たり前に持っているもの。

十代の頃、5度ほどオカマに声を掛けられた事があって。
それはどぅにも恐怖と嫌悪の対象だとラベル貼りしてきたけれど。
二十代の頃、“泣くオカマ”と“女にフラれたばかりの女”と、
それぞれの旅の合間に暫く話す機会が在った。
あぁ、そうか。自分は同じ領域に立つ事は出来ないけれど、
それもまた人のカタチなのだとも思った。

ただ簡単に自分を納得させる為に蔑視していたのが恥ずかしかった。

オカマとオタクは音が似ている。
音が似ているが立ち位置は違う。

オタクフィールドは良きにつけ悪しきにつけ逃避行動としての面を持つ。
性同一障害は逃げようにも逃げられない。

『プリシラ』の中で、3人のドラッグクイーンは、
オカマ同士にだけ解るであろう部分を自覚し共有し覚悟しようとする。
そしてそれ故に、遠慮なく罵倒しあい慰め合い歌って踊る。
それは、人と人の連なりとして当たり前の健全さに溢れている。

オタク同士にありがちな、
“自分が傷つくのが怖いから会話で自分達をネタにする事は少なく、
 第三者たるオタク物だけを犠牲羊の如く追われるように語り続ける”
そんな付き合いよりは少なくともずっと健全だろう。

もっとも、安易にゲイを礼賛するつもりはない。
ゲイだろうとなかろうと、自分を持とうとしない人間は居る。

有名どころのゲイ映画でも、
『モーリス』と『蜘蛛女のキス』双方の主人公の間には、
厳然たる“人間としての真剣さ”の格差が在る。

モーリスはアホだ。

『別冊 映画のホモ』20020516/000536

ピンクのバスに乗る3人のドラッグクイーンは、
自分たちのズルさや弱さや甘さを様々なカタチで突きつけられる。
嫌でも逃げられない部分は自分に内在するし、目の前には“同族”だ。

世の中には自分にしか通用していない虚勢が溢れているし、
それは往々にして自覚できないままに時が過ぎるけれど。
自分の濃すぎるメイクを鏡に見る度に、
ドラッグクイーンの3人は自覚せざるをえない。
自分を自分らしく飾る為には、鏡に映った自分を見なければならないから。

とかなんとか書いていると、
『プリシラ』は“しんどい映画”な感じもするがそうでも無い。

その原因は“ドラッグクイーン”という設定の上手さに帰結する。
荒木飛呂彦顔が、濃すぎるメイクで歌い踊るのだから、
“しんどさ”を蹴散らす“顔の濃さ”が最大の技になるのだ。
こりゃイッ本とられた

この設定だからこそ、異様にきらびやかな衣装群も活きまくり。
アカデミー衣装賞に輝いたのも伊達じゃない。

『板子一枚中荒野』20020517/000537

そしてなによりも、オーストラリアの広さ。

このどぅしようもない広大の中に物語を置くからこそ、
点景たる人間の小さくて大きな喜怒哀楽が染みてくる。

荒野と荒野と荒野。
その土と空の濃さ。
大峡谷を遙かゆく道。
夜に来る絶対の闇色。

アメリカ映画の荒野とは異なる色彩の乱流が視界を支配する。
これは映画館で観ない事には染み込まぬ領域の色温度だろう。

深夜の映画館で眼前に荒野を観る悦楽。

今こうして座る建物の壁外は変わらぬ町なのに、
視覚と意識に染み込み続けるのは大荒野なのだ。

この感覚は、自覚して能動的に享受すればする程に麻薬的だ。
ロードムービーの終夜上映に行きたくなる根元は其処に在る。

やめられん!

そうして、劇場を出てみれば、
今度は自己駆動渇望を過剰刺激する朝の陽射し。

もぉ、いてもたっても!

『自家発電だよ若大将』20020518/000538

オールナイト上映4本目、トリを飾るのは『エレキの若大将』!
流石に若大将シリーズを劇場で観るのは初めて。この作品も初見。

1965年のカラー映画。東宝スコープだ。
ビートルズ来日前年、既に東宝はここまできていた・・・

成績グンバツでスポーツ万能のアメフト部キャプテンな田沼雄一!
麻布に店を構える老舗すき焼き屋『田能久』の一人息子な彼は、
恋に!歌に!スポーツに!大ハッスル!

青大将こと田中邦衛に情けをかけたりなんやかんや!

人気テレビ番組『勝ち抜きエレキ合戦』出場決定!バッチリ決めるぜ!
蕎麦屋の出前持ち役な寺内“エレキの神様”タケシが強力な助っ人だ!
イデ隊員もアメフト仲間としてドラムを刻むぜ!

ゆくぜ日光へ!

「昨日、キミのことを思ってつくった歌なんだ・・・」と、
『君といつまでも』が銀幕初登場!

馬にも乗るぜ!

青春おおいそがしだっ!!

芸達者な脇役が続出。田中邦衛は流石に凄い。
なんとなく、全18作を観たくもなったが、いつになる事やら。
近場にレンタルしてないものの、ドリフ優先で。

あぁ、昔の日本映画も面白いなぁ。

そこに描かれた単純明快な青春と、
それを観て少しは未来を夢見ていたであろう当時の若者を思う。
それは手に入ったのか?手に入れた奴は居るのか?早々に諦めたか?
それは既にバストフューチャーなのか? この今から続く未来ではない?
そこに感ずる誤差を嗤うのは容易いけれど、物語というフィールドでは、
そこに在るフォーマットが延々と今現在も使われ続けている現実を思う。

“抜け出せていない”とみるか“定番”とみるか、それは勝手だ。
ぼくらはその流れの中に居るのは確かで、
そしてそれ以前にこの映画は楽しい脳天気さに溢れている。
それも確かなんだから、深く考えずともええのんかも知れない。
観ているうちは。

『楽園のカード』20020519/000539

今回のオールナイト上映会は、
『歌ふ!映画大会〜インターナショナル2002ナイト』という括り。

同じ監督の作品を集めたものよりも、
作品選択には主催者側のセンスが問われると思うが、流石に秀逸。

“夜から朝へ”“体験共有意識”“連発鑑賞”などなど、
同じ劇場内で観ている者同士だからこその言語化不可能な部分もあるが、
各映画を観た事の在る方なら取り合わせの妙が御理解いただけるかも。

◎ロードムービーである
“移動”を含む物語をロードムービーと拡大解釈してしまわなくとも、
“移動”を通して成長する要素の在る物語と解釈すれば4作ともそうだ。

◎歌ってます
括りとしているだけあって当然だが、それぞれに趣が異なるのが吉。
以前、マイフェイバリットな『ファントム・オブ・パララダイス』に併せて、
『ミュラー探偵事務所』(探偵が突然に歌い出す現代劇ミュージカル映画)を、
カップリングしてくれたセンスは健在。

◎1本100分以内
今回の4本は、皆90分程度のもの。
近年、120分を超える作品が多いが、
2時間映画を3本よりは90分映画を4本のほうが楽に連続鑑賞できる。
90分という長さは、伝統だけでなく、
人間の集中力維持に対して論理性の在る数値だと思う。

◎歌う世界旅行
それぞれの中での、イギリス・アメリカ・オーストラリア・日本・・・
それぞれの作品内での移動を含みながら、
それぞれに異なる空気感を持つ映像旅行の連続は慣れによる飽きを防ぐ。

上映権とか、フィルムレンタル予算とか、選択範囲に限度はあるだろうけれど。
それでも膨大であろう“手持ちカード”の中から組み合わせを考えるという事。
その難易度と楽しさを思う。

『エイガの東』20020520/000540

そうして終夜上映会を終えて、午前6時半頃。
外へ。

東寺にて、本当の青空を見る。
映画館から徒歩すぐ。

http://www.kobodaishi.org/general/temples/toji/html/index.html

京都の都心部は交通量が相変わらず多い。
そういう車道の狭間に寺社仏閣が在る気がするのだけれど、
ひと度その中に入ってみると、逆に、
それらの狭間に道が在るような気がする。

変化するものと変わらざるものの間に在る正義は相対的だ。
円環状に重なり合う瓦が在れば、どちらが上かを問う事が無為なように。

創建時羅生門の東に建立された事から東寺と呼ぶ。
正式には、教王護国寺。真言宗の総本山。
京都象徴のひとつである五重塔が、凛と立つ。

拝観料が必要な場所は未だなれど、
門は5時頃から開けてくれているようだ。
近所の方々だろうか? 
思ったよりも大勢の方々がそれぞれに朝の散歩やお参り。

朝のお勤めか、僧侶さんたちが流れるような動きで境内を巡ってゆく。
朝の空気の中に、蜜柑色に似た法衣が視覚を惹きつける。

千二百年の時間が、かたまりとして維持されているようだ。

巨大な木造建築は、
信心の在る無し以前に“時間の力”を静かに思い知らせてくれる。

その静かの中と前に居ると、
多次元的に重なり合う透明な時間の柱が悠久の森の如く在り、
その中を、見せかけの地図だけ持って歩いているようだった。

こいつぁ、朝からまいった。
こりゃ面白い。

『ブツゾイドS』20020521/000541

寺という独特の時空間に居ると、やはり、仏像も観たくなる。

「仏像はヒーローだ!」という、
みうらじゅんの言葉がリアルに感じてしまうこの頃サ。

無駄の無い肢体に、なんか原理は不明なれど凄い威力の持ち物!
煩悩を打ち破ったり!衆生ををもれなく救ったり!瓶に霊水いれてたり!

後光もオーラの表現とか言われてるけど、なんかすんごい武装みたいや!
うかつに触るとヤケドするゼ! 実にスパルタンだ!

台座も、雲とか須弥山とか邪鬼とか表してて情景模型みたいや!
モビルスーツのジオラマなんてメじゃないぜ!

年内目標に寺社巡りも入れておこう。ゴー!大仏ゴー!!

そのような決意に満ちあふれつつ、
東寺の境内を歩いていると、菩薩像を発見。

その胸の微妙で精妙な“ふくらみ”が激烈なまでにエロティカルだ。

35時間ぐらい眠っていない徹夜明けという事もあったのか、
ぃや、それ以前にそれ以前な仏像本来の魅力であろう。
なにやら異様にエクサイトする。

ロードムービーから得たパワァも在った為か、
思わず、JR京都駅まで走ってしまう。

未熟。

『トルゥ仏像Story』20020522/000542

後日、
セックスドクター(仮名)に、菩薩像の胸についての旨を話す。

「観音さまは衆生全部を救うから、
 前に立たれると男も女も“ほわーっ”としてしまうのんは当たり前なんや」

「ほんまもんのエロスですな」

「女は内に観音さまを宿してるから、ちゃんと探すのんは男の義務なんや」

「やっぱし観音さまって凄いんや!」

「如来や明王にもモテモテやからね。
 でも、観世音菩薩は不動明王とデキてるねん。
 “北風と太陽”の理屈で、あの熱気で迫られると脱いでしまうんや。
 で、他の仏さんに隠れて、しょっちゅう逢ってんのんや。
 そん時、地蔵菩薩は誰か来たら知らせる見張り役させられてんねん」

「ぁあ〜、やっぱし、地蔵さんってそぅいうキャラ・・・」

『蜘蛛男の朝』20020523/000543

“オールナイト映画会”“東寺”と来たので、
ここはひとつ、帰り道がてら『スパイダーマン』も観る事に。

子供の頃、池上遼一版とか光文社邦訳版を読んで以来の浅いファンだし。
近年の、“美しい絵”が続出なアメコミは大好きだ。

朝イチの回だったが、封切り2日目だった事もあって結構な入り。

映画は良くまとまっていると思う。
色々なバージョンで何度も知ってきた物語だけれど、安心して鑑賞できた。

サム・ライミ監督作品では『死霊のはらわた』は観てないものの、
『ダークマン』でのヒーロー描写が結構好みだったので不安は無かったし。

アクション映画の定番構造として、序盤の状況説明が済んだあたりに、
中だるみ防止として“とりあえずカーチェイス入れとけ!”が在る。
もはや映画の文法。本筋に関係なくとも何はなくともカーチェイス。

昔、ふと、
この段取りに気付いてしまった時は“なんだかなぁ〜”と思ったものの、
それも快楽原則のひとつとして楽しむのがアクション映画なんだからと、
改めて思い直して素直に“来た来た!”と反応する事にしている。

『スパイダーマン』もまたその定番構造を取り入れているものの、
“車”ではなく“蜘蛛糸チェイス”なのが上手い。

『』20020524/000544

多透にとっても昔なじみなヒロインであるメリー・ジェーンを演じるは、
キルスティン・ダンスト 。名前カッコイイ!
『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』の時はかわいかったのに、
わりと濃い顔に成長していて日本人受けはどうかと不安になる。
でも、アメリカ人好みの美人は本来ああいう顔もアリなのだと思う。

顔というと、ウィレム・デフォーは素でスパルタンな顔つきだ。恐るべし。

スパイダーマンのファンで素直にアクション映画を楽しめる人は、
観ても損はないと思う。

以前のTVムービー版みたいに、
突然にスモウレスラーが敵として出現したりしないし。

『キミの鎖骨が放射する!』20020525/000545

『スパイダーマン』の導入部は結構有名な、
秀才版のび太くん放射能クモに噛まれて”・・・

通常のクモでしたら、鋭敏な感覚の為にそうそう人間に接近しない為、
多くの図鑑で“臆病”とまで“人間の主観”で書かれている程で、
人間の手で押さえ込まれたりでもしない限り噛み付いてくる事は無いそうな。

冷戦時代のB級SF群が好きで慣らされてしまった身ですと、
“とにかく放射能のせいで突然変異”で意外と納得できるものですが、
今回の映画では少し流行風味に“遺伝子いぢくりまわし済みクモ”が登板。

この先の未来でまたリメイクされる事が在ったらば、
“ナノマシン寄生クモ”とかの出番かも知れない。

もぅちょっと以前なら、
“未来から来たサイボーグ蜘蛛”や“仮想現実クモ”だったかも。

『友情の麺交換』20020526/000546

先日、超銀河的エネルギアにより筋電流を操作され、
『サラダ冷麺』を2個同時購入してしまった。

「こりゃいかん」と、職場の小型安物冷蔵庫に投入。
約30時間後、試食実験。

結論から言うと、冷麺は凍らせると不味くなる!

温度調節に不可解な部分の在る冷蔵庫ゆえに、
麺の一部が凍結解凍に伴う組織崩壊を生じてしまったらしい。

もともとチープな味覚を満喫する食品である事から、
「微妙に凍っている状態でも冷菓風味で実は美味しく・・・」と、
淡い恋の予感で挑んではみたのだが。

後日、
サッカーワールドカップに伴い日本に来られた異国人が、
「氷の入った食べ物が在るとはっ!?」と、TV番組にて驚愕の御様子。
流石は北欧人。

御家庭の冷蔵庫にコッソリと冷麺を仕込みたいものだ。

「日本ではコレをエクスペリエンス・ヌードル、
 通称“X-麺”として名物にウマいものは馬頭星雲からでありマス」

『星船のシルエット』20020527/000547

レンタルビデオで『ガダカ』を観る。

遺伝子解析技術が確立し、
その情報によって生涯の価値も階級も厳然と判別されてしまう世界。
遺伝子操作を受けずに生まれた主人公は“不適正者”の烙印を受けて育つ。
だが、その胸の奥には、自分の可能性への挑戦心が決して消えずにいた。
この世界で最も“遺伝子的完全性”を求められる職種を手に入れる戦いが始まる。
その職業の名は“宇宙飛行士”・・・

“スタイリッシュSFサスペンス”との肩書きを持つ作品。

流れゆく映像の中で、時折、実に美しい“絵”が視界を射る。

イーサン・ホーク、ユマ・サーマン、そしてジュード・ロウ。
人造人間のような美しさを持つ俳優達が、物語の大気を引き締めてゆく。

宇宙港を遠くに見る、その遠くの空の色の中、
宇宙船が光をあげて飛び立ってゆく。
しかし、
画面には、流麗なデザインの宇宙船や発射状況の克明なアップも無い。

ただ光と噴煙の線分をあげて天空へ向かう宇宙船の“記号”が在るだけだ。

この映画には、ものすごいCGも特撮も出てこない。

だが、その宇宙船の記号のような“絵”だけでも、
脳内で“宇宙への想い”を加速し高揚できる者は幸福だ。
なぜなら、
そのような者だからこそ理解できるものが『ガダカ』の行間には潜むからだ。

サイエンスフィクションの“本読み”なら、当たり前に解る憧憬が在る。

そこに宇宙港が在る。
そこへ繋がる道が在るなら、これはもう行くしかない。

空を見る習慣を持つ者なら、これはもう当たり前の必然なのだ。

『邪者の逆襲』20020528/000548

『ガダカ』の世界では、
遺伝子解析によって“適正者”“不適正者”かが出生時から判別される。
どれほどに言い訳をしようとも“そういう世界”なのだ。

このように価値観の誤差を孕む世界を描き出す目的に“SF”は適している。
“SF”は、多様な価値観と視点の複合化を読み手に思考させる扉と言える。

それでも『ガダカ』は、
“SF”を見よう“サスペンス”を見ようと構えて観ると肩すかしかも知れない。
物語構造は実に古典的なビルディングス・ロマン(成長譚)そのものだからだ。

自分が“負け組”だと宣言された時、そして自覚してしまった時、
人は幾つかの典型的思考選択肢を取る。

ただ敗北を受け入れるか? 気付かない振りをするか? 逆襲するか?

逆襲が、精神的にも資本主義的にも、
有効かつ自分が望んでいる選択肢だという事を誰もが本能的に知っている。
だが、それが労力と苦痛をも伴うものだという事も本能的に知っているのだ。

だから、典型的な言葉をクチにしてしまう。

「俺なんかどうなってもええねん」
「どーせ俺はそういう人間やし」
「ダメ人間でええねん」
「アイツと俺は違うもん」

自分は確たる逡巡の後にその思考解に辿り着き安寧を得たと思っていても、
その帰結は実にありふれた言い訳に過ぎない。

最初から敗北を決め込んで闘争から逃避する敗北主義は、当面の安楽をくれる。
一時の失敗でさえ敗北だ挫折だと拡大解釈して簡単に諦めてしまう。
人間は敗北にさえ馴化してしまう生き物だから、負けを認めたほうが楽なのだ。

敗北を見据え、現実の行動が伴わないうちは逆襲たりえない。
物語は、その扉の向こうで始まるからだ。

『反射鏡を覗く人影』20020529/000549

『ガダカ』の主人公は、行動を開始する。

だが、普通に社会常識を身に着けている観客ならば、
そこにヒロイズムだけでは納得できない物足りなさを見つける筈だ。

自らの行動に埋没するあまり、欠如してしまう周囲への視点

アクション映画などでは誤解された個人主義、
つまりは我が侭で身勝手なキャラクターが魅力を放つ。
しかし、『ガダカ』のように地味で古典的な物語構造をとる場合、
観客はその違和に気付いてしまう。

誰しもが、自己客観視は困難なのだ。
だが、社会生活を続け、人間の連なりを認識してゆくにつれて、
誰しもが学ぶ機会を得る。

「誰にも迷惑かけてないし」
「俺は1人で生きてるねん」
「俺は俺だから他人の事はどうでもええねん」

そのように、典型的な言葉をクチにしてしまう事は実に楽だ。
だが、普通に社会生活をしている人間ならば、
そのような幼児性に満ちた言葉など学生のうちに卒業しておくべきだと、
当たり前に知っている。

社会に出て大人としての常識的視点を持っていれば、
人間が自覚無自覚を問わず連なり繋がって社会を形成している事が解るからだ。

『ガダカ』の主人公は、
世界環境と自己の困難な挑戦の中で他者への視点を希薄にしてしまっている。
それが観客の違和感に繋がるのだ。

しかし、その違和感は物語構造の中で成功を意味する。

人が連なり、如何に無自覚のうちに支えられているのかを、主人公は知る。
それこそが主人公の勝利であり、
ビルディングス・ロマン(成長譚)の正統な帰結なのだ。

『透明歯車式舞台装置』20020530/000550

傷ついた者・傷つけた事を自覚する者・傷を見ている者・傷ついている者・・・
その側に立つ者だからこそ心を揺さぶられる物語が在る。

全ての観客を鼓舞する事はなくとも、退屈に見えても、
誰かに必ず響くという種類の物語は、在る。

『ガダカ』もまた、そのような作品のひとつだと思う。

そして問題は、そのような物語に触れた後の自己行動に帰結する。
虚構の安息のみを渡り歩いているだけでは、永遠に逆襲できない。

400年も前にシェイクスピアが『お気に召すまま』の中で言った通り、
「この世はすべて舞台」なのだ。

物語が終わった瞬間、舞台は既に観客の側に移っている。

『嘘よりも遠くへ』20020531/000551

映画の、そしてそれ以前に物語の定番として、
“田舎町青春物”とでもいうカタチが在る。

それは、
炭坑町であったり、大陸荒野に点在する小さな町であったり、
宇宙基地であったり、スラム街であったり、紛争地域であったり、
ありふれた田舎町であったり、惑星タトゥーインであったり・・・

主人公たちは、閉塞と不透明の中から抜け出そうとする。

此処に居れば、居続ければ、居続けてしまえば、
予測可能すぎる退屈な未来が待っているだけ。

は見えない。の在処も解らない。

苛立ちも、親との軋轢も、いつしか飽和し霧散してしまって、
“昔話”にしてしまっている自分に疲れてゆくのだろう。

周りの大人達がそうであるように、そして昔から皆そうであったように、
此処から出る事も無く、終わらない日常をすり減らして終わるのだろう。

此処よりも何処かへ。外へ。遠くへ。

今こうして夢見た事も埋めてしまうだろう。
受け身でいれば、そのままの運命。

心の路地裏からレベッカの『MOTOR DRIVE』が流れてきて、
“急がなきゃ、出遅れちゃう”と方角も解らないまま焦ったりもするけれど。
何処に向けて何をしていいのかも解らない。そのままに時間は過ぎて。

“外へ”行こうとするキャラクターの行動理念には説得力が在り、共感を呼ぶ。
“護るべき場所”を取り戻し“帰還”するカタチの物語にも名作は在るが、
“外へ”向かう構造は様々なバリエーションで多くの物語に内在する。
“旅立ち”は物語の中で実にカタルシスを呼び、引き締めると共に解放する。

新しい扉を開放して終わる物語は美しい。

映画の中で“旅立ち”構造が多用されるのは、
それが“活動写真”であり、
その動きを観る事がひとつの旅であるからかも知れない。

“鍵”は在る

それは不意に訪れる異邦人。それは新しい仕事依頼。それは落ちてきた宇宙船。
それは誰かの歌声。それは地下室の小箱。それは無記名の日記。それは色鉛筆。
それは月面の発光。それは路上の紙片。それは教師の言葉。それは見知らぬ絵。
それは不意の再会。それは本に挟まれた写真。それは手書きの地図。それは虹。
それは突然であったり、偶然だったり、錆び付いていたり、忘れられていたり、
それは隠されていた必然であったりするけれど。
在る。

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