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『大作戦日誌』20011101-20011130 |
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『油断経典』20011102/000341
イキオイに人生を任せて、
『ワールドオブミュージック』CD連続買い。
ぼけーっと聴いていたので、気づかなかったが、
プロ僧侶による!お経大連発なのは、実は!
『インド』ではなくて『チベット』だった事実が判明。
何者か、何物か、もしくは自分が、
ナカミをスリ替えていたらしい。
流石はイヨイヨ年末だ。
油断ならん。
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『バス夏バス』20011103/000342
【8月19日(日)】(54)
帰路をバスの動力に委ねた我々は、
労することなく、実に、あっけなく鳥取駅に向かった。
路線バスは、夏の日曜の午後だというのに貸し切り状態だ。
車両なか程の座席は側面を向いた配置になっていて、
そこに腰掛けているだけで、
ずっと歩き続けてきた海岸沿いの道を、
その傍らの海を見ながら、
バスに運ばれてゆく事ができた。
誰も居ない海から硝子越しに染みてくるのは、
“夏の終わり”の感覚であり、
そうしてそれをこうして記している今からはもう、
“遠くの夏”だ。
まったく、これだから夏好きは始末に負えない。
油断ならん。
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『取らぬメモリの』20011104/000343
先日、職場用『PowerMacG3-GT233』に、
ノーブランドなメモリー増設に成功。
気を良くしたので、上限まで更に増設。
そうなると、色々と他の部分も強化したくなる性癖だが・・・
ここは、我慢。
今まで何度かの買い換えとか強化では、
焦燥感が先に立ち、
拡張性に乏しいエントリー機を買ってしまったりしてたので。
クリスマスやら年末やら正月商戦向けの新製品情報を、
焦らずに待ちの体勢。
自宅用『iMac』の上位機種への変換と、
『iBook』の未だ見ぬ新機種へと妄想を展開。
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『ジョニー週間』20011105/000344
【8月19日(日)】(55)エピローグ編
鳥取駅に着いた時、もぅジョニーは居なかった。
ジョニー(仮名)とは、その前夜に遭遇した青年だ。
あまり整備されていなさそうな自転車に荷物を積み、
手製の旗に黒マジックで『世界一周』と手書きしていた彼だ。
最初に遭遇した瞬間、
彼の脳内呼称はジョニーに決定した。
言ってみれば、“銀輪ジョニー”だ。
我々が早朝に鳥取駅を徘徊した時には、未だ眠っていた彼だ。
切ないな、ジョニー。
すれちがっただけの奴に値踏みされるなんて屈辱だろう?
けれど、みんなそうして値踏みされる瞬間を重ねて生きてるらしい。
良くも悪くも、どうやら“そういうもん”らしい。
誰だって精神領域の何処かで“格下”を探してる。
それを自己防衛だけに使って安心する者も居れば、
他者を救済する自己満足や自己成長や社会貢献に使う者も居る。
いろいろだ。
ジョニー。
おまえは旗印を示す事で、より能動的に値踏みされる道を選んだ。
その覚悟を、
旅の始めに認識して動き出したかどうかとか、
旅の中で持続しているかどうかなんて、
俺のような通りすがりには解らない。
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『味の海の沢山』20011106/000345
元物理教師のブツリさん(仮名)は、
引退されてから、
毎週のように県境を越えて和歌山まで海釣りに行く。
海釣り公園の広い場所で、広い海と空を見て、
釣りをして昼寝して、帰って来るそうだ。
自分が食べるぶんだけ釣って帰って来るそうだ。
自分の趣味で、奥さんの手を煩わせない約束なので、
釣った魚の調理は自分でするそうだ。
魚屋さんで買う魚と比べて、何よりも違っているのは、
“不味い魚”も仰山いてるって事を実感できる事だそうだ。
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『伝言ジョニー』20011107/000346
【8月19日(日)】(56)エピローグ編
オーケー、ジョニー。(70年代テイストな導入部採用)
オマエがどれだけの覚悟で旅を始めたか、解らない。
その覚悟を、誰かに伝えたかどうかも解らない。
伝えたとしても、ちゃんと伝わったか解らない。
言葉は表層化し、その深くまで潜らなくても遊んでいられる。
自分のものでない言葉を並べているだけでも会話っぽくなる。
誰かに何かを伝えようとするのに体力が要るのは当たり前で、
自分の言葉を探すよりも、「ウザい」で済ませたほうが楽だ。
オマエは旅立ちの前に色々と周囲に言われたかも知れないし、
伝えようとしても解ってもらえないと思ったかも知れないし、
言われたくない為だけに誰にも伝えなかったかも知れないな。
伝えたいと思う相手が居なかったかも知れないし、
誰も周囲から反応も無かったのかも知れないけど。
オマエがもしも、旅の中で誰かに伝言を画策するのなら、
そのあたりのものごとを検討してみるのも旅の醍醐味だ。
もともと覚悟は覚悟であって理由なんて無いのかも知れない。
けれど、
覚悟を問われて「言えない」と応える時の理由は、
実は世間にはワリと知られてしまっているらしい。
すなわち・・・
一つ、自分に自信が無い時。
一つ、理由に自信が無い時。
一つ、相手に信用が無い時。
一つ、相手が信用できない時。
一つ、理由なき反抗。
一つ、理由が在ると思い込んでいるだけの時。
一つ、世界52の国と地域の代表から止められている時。
一つ、腹が減っている時。
一つ、心が減っている時。
一つ、メガネをかけると宇宙人が見える時。
一つ、女がらみ。
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『ロボコバン』20011108/000347
元物理教師のブツリさん(仮名)が、
こないだ和歌山へ釣りに行かれた時・・・
隣りの釣り人が、コバンザメを釣り上げたそうだ。
海釣り公園は、突出した埋め立て地であるが、
そのような近海に徘徊しているものだとはオドロキだった。
まぁ、どのような世界にも“はぐれ者”は居るという事か?
いかにもサメっぽい黒い目と、
吸盤部分の灰色、
そしてその吸盤部のザラついた硬質感が印象的だったそうだ。
そうか・・・あの脳天は、ぐにょぐにょではないのんか・・・
釣った人も、流石に当惑したのか、
すぐに海へ帰したそうだ。
しかし、ブツリさんは・・・
「どうしてあの時、譲り受けなかったのだろう?
そうすれば、構造を解明しつつ、
皮を剥いで“おろしがね”を作っていたのに。
いゃ・・・それよりもまず何よりも・・・
・・・食べてみるべきだったか・・・・・」
と、悔やんでおられた。
・・・まッ、
ボクには、
その話だけで、ビビッっと解りましたけどネ。
・・・そいつぁロボットだって事、が。
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『ジョニーベルツ』20011109/000348
【8月19日(日)】(57)エピローグ編
オーケー、ジョニー。
通りすがりの多透が言うのも無礼だが、
やはりジョニー(仮名)はオタク者だと簡単に推理。
宿代を浮かす為に、駅の横で眠るジョニーの傍らには、
タイトルは識別できなかったが、
ライトノベルのニギヤカな表紙絵を持つ文庫本が1冊。
それに・・・Tシャツの裾をジーンズの中に混入。
そぅいえば、昔、なにかで読んだ事がある・・・
Tシャツの裾をジーンズの中に入れている集団には、
オタク含有率が高いとゆう説を・・・
勿論、人体において、足先と腹は冷やさないほうが良いから、
それは旅の中でジョニーが体得した生活の知恵かも知れない。
しかし、その瞬間、思い出したのだ・・・
以前、
『何故、オタク者はTシャツの裾をジーンズの中に入れるのか討論会』
に出た時の、白熱した議論を・・・
その際、サマザマな熱論が頻出したが、
その論題の特殊性ゆえに結論に至ってはいない・・・・・
「現在20代後半から30代以上のオタク者は、
70年代アニメ・特撮番組およびそのファッションを、
精神基盤としている事が多いからではっ?」
「そういえば、80年代東映特撮においても、
そのファッションは70年代テイストだ。」
「いわゆる小太り状態といえども、ベルト位置は結構締められるものだ。
裾を入れた後にベルトをギュッと締める・・・
この“儀式”によって、
“オレの腹はマダ大丈夫”という“確認”を・・・」
「リュウ・ホセイとて、ベルトは締めている」
「そ、そういえば、デキン公王もだ・・・」
「いゃ・・・実は、コックピットはベルトに在ったのだ」
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『“i”ジョニー』20011110/000349
【8月19日(日)】(58)エピローグ編
オーケー、ジョニー。
オタクフィールドに安住していると、
“自分”という視点が希薄になる。
借り物の言葉や理屈で、
批評と感想の差違にも思考を巡らせないままに、
批評ごっこを繰り返す。
そのようなメカニズムの中でも、
昨日よりも変わった事や強い事に、少しずつでも挑む人は実在するし、
誰だって普通はそれを望むだろう。
けれど、実際に動いている人の言葉を借りているだけでも、
なんとかなってしまうのがオタクフィールドの怖いところだ。
表層のツキアイの日々で、
“おまえはどぉやねん?”というツッコミをしてくれる者も無く。
または、ツッコミにも耳を貸さず。
または、自分自身にツッコミも入れず。
足元の不確かさに気づかぬまま、
あるいは気づかないフリを自分でしたまま、
逆立ちしたピラミッドみたいにフラフラになってしまう。
他ならぬ多透自身にも確実に内在するメカニズムだからよく解る。
もっとも・・・
イイワケをすれば、こんなメカニズムは、
オタクフィールドでなくとも、
どんな人間にだって在るのだろう。
けれど、オタクフィールドは、
“ほんまにあらへんもの”を基盤にしてるからヤバい。
多透は、それによって生じる、
社会人としての足腰の弱さを何度も出足払いされたものだ。
成人としての足腰の弱さはフラれ続ける事で大外刈りを喰らってきた。
どれほどに屁理屈で理論武装したつもりになっていても、無駄だ。
付け焼き刃の屁理屈は、普遍的な正論の前に、一瞬で瓦解する。
「足払いされてから気づいても遅い歳ってのは口惜しいけど、在る。
オレは下手なりに、なんとかしようと思う」
そんな事を友人達に話すと、幾人かは、
「そうだな、けど、オレは誰かの足を払うような人間にはなりたくないよ」
と異口同音に応えてくれた。
それはそれで、とても大切で、とても正しい事だと思う。
けれど、
足払いされて一番ヤバい相手は、自分自身だ。
オーケー、ジョニー。
オマエは、良くも悪くも、迷宮巡りの日々から外へ出ようとしてる。
こいつは手前勝手な経験則だが、
どぅせ自分自身に足元すくわれるなら、
旅の中のほぅが面白くリハビリできる。
自分で動かないと、色々ヤバいからなぁ。
オーケー、ジョニー。
外へ行こう。
・・・ベルト型生命体に支配されているのでなければ、な。
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『なんでもない日曜日』20011111/000350
週末なので、朝まで眠らずに文章とかフィギュアとか。
夜が明けたので朝食と朝風呂。
仕事関係の勉強会に行く。昼まで。
いい天気の帰り道。
近所の路地裏を徘徊。
見つけよう見つけようとしてる時に限って見つかりにくい蓑虫。
されど、猫6匹にも及ぶ集会を発見。
細心の注意を払って観察を決行するも察知され逃げられる。
子供の頃、よく遊んだドブ川。
コンクリのブロックでフタをされているその上を、
ガコガコと音させて通る。
昼飯。
いい陽気だったので、狭いベランダでスカルピーを練る。
なんとか自分では造形にやっと慣れてきた部分を微かに感じる。
されど、複製の為にパーツ分割を考えると面白いが煮詰まる。
なにはともあれ、いろいろな分割を試してみる。
仕上げはともかく、
ラフ形状出しでのトライ&エラーが素早く出来るのは有り難い。
夕暮れの色を見る。
早めの晩飯。
『サイボーグ009』のアニメを見る。
行った事のない遠くの国の戦争をニュースで見る。
遠く遠くから来る海の波のように、
タイから滋賀県まで飛んできた事が証明された蝶のように、
色んな影響は来るのだろう。
ラムネ入りソーダアイスを食べる。
混入されたラムネ菓子の食感がセクシャルだ。
簡易包装された卸売り価格で、6本入り特価200円也。
もぅ100円足せば、対人地雷を買える場所も在るのだなと思う。
何時間眠っていないか、数えるのが面倒だ。
早寝を決行。
久しぶりに10時間眠る。
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『ラジヲガール』20011112/000351
戦う為のステキ日課である昼休みスーパー昼寝。
しかし、本日は訪問販売者に行く手を遮られる。
推定年齢21歳のお嬢さんだ。
学歴あろうが資格あろうが就職難の昨今、
色々とあったのだろう。
しかし、その物腰には一片の迷いも無い。
立て板に水を流す如く、無償の何かを背負うピクミンの如く、
スラスラと商品説明をこなしてくださる。
サービス業界でさえ、
接客の基本が出来ていない人が多い昨今であるのに、
その意気や良し。
けれど、すみません。興味ないです。
その、懐中電灯付き携帯ラジオ。
ごめん。
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『ニューハンドランド』20011113/000352
NYでの旅客機墜落の報を日付が変わった頃に見る。
その住宅街での光景を見て、自分の中に驚きを感じる。
今回の戦争で少しずつ少しずつ報道されてきた、
アフガニスタンにおける空爆後の光景よりも“リアル”な事に。
わずかながら、言葉が解るからか?
ちいさな頃から、
様々なメディアでアメリカの町並みを見てきたからか?
イスラム教徒の友人が居ないからか?
そこに映っているのは、同じ塩基配列を持つ人間だというのに。
経てきた時間の中で、
知らない人の“痛み”を想像できる思考機能を獲得してきた。
認識し、実感し、責任を獲得してきた。
してきた筈だ。
しかし、
“NY”と書かれて、
即座に“ニューヨーク”と脳内変換できる素養の中で・・・
どうにも、その差違が、居心地悪い。
眠れん。
仕方ないので、現地の中継を流しつつ、
フィギュアの手を午前3時までつくる。
目の前に自分の手が在り、
モニターの中に知らない人の手が見える。
手で手をつくるのは面白い。
それ以前に、手をつくること自体が面白い。
つくっている手の指は、5ミリも無い。
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『手っかいどぅ北海道』20011114/000353
人体というのは、実にシステマチックだ。
これは、多透ごときが述べなくとも、
膨大な研究の歴史の中に現在進行形で実証されている。
部分を動作せしめる為に、
意外な程に遠位の筋や骨が作用・協力・連動する様子は、
美しささえ感じさせる。
フィギュアの頭部や手をつくっていると、
どうにも大きくしてしまい、
全体バランスを崩す性癖を自分に見る。
人間は、忙しければ、自分が凄い事をしているように錯覚する。
“努力すれば叶う”“行動あるのみ”“頑張ろう”・・・
そういう言葉に囲まれて育ってきた結果の空回りか?
目の前の些細に集中していれば、
長期の展望や計画をも先送りしていられる。
いつかツケを払わねばならない時が来る、緩慢なモラトリアム。
むぅ・・・
我が事ながら、難儀なことだ。
「まったきゅ〜
なんでもかんでもテツガクしてしまうのはニポ人の悪い癖アルヨ」
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『ジョニーズエリア』20011115/000354
【8月19日(日)】(59)エピローグ編
オーケー、ジョニー。
おまえはこの夏、旅に出た。
あまり適していないと思える機種の自転車で。
たどたどしい筆跡で“世界一周”と旗に書いて。
多透とて、長い間、ひとり旅も趣味のひとつとしているが、
流石に“世界一周”は始められない。
だって、趣味だから。
趣味というものは、
本分や本業の責任や義務を果たしていてこそのものらしい。
自分が、どれだけの人々や物事に支えられて連動しているか、
それを思考もせずに遊んでいるのは、趣味ではないらしい。
為すべき事を為さないままで、
「ぅをーっ!俺は命懸けでテトリスのハイスコアを捕るっ!!」
「ぅをーっ!俺は命懸けで1/2ズゴッホをフルスクラッチ!!」
「ぅをーっ!俺は命懸けでピンポンダッシュ累積距離目標、月まで!!」
・・・とか、苛烈なる言葉を吐いていても、
近所のマダームからは、
『まったく、10年後はどぉするおつもりなんざましょ?』
と、(ココロの中で)言われたりするだけだ。
十代ならば、それでも、遊んでいられるだろう。
親や周囲の庇護に気づかないままで。
ある意味では、それが許される美しい季節であるからだ。
二十代後半や、
三十路でそれだけを吐いているなら、単なる世間知らずだが・・・
まぁ、
本分と趣味それぞれの、脳内領域を図示しようとしても、
なかなか困難を極めるのも普通らしい。
その、多層かつ輻輳する領域集合リングを表現するには、
3D表現が必要な為に、
平面上にガンダムマーカーで一筆書きできないぐらいに。
それに、そんなに、大上段に構えなくとも、
社会に生きている方々の大半は、
そうして本分と趣味とのバランスを上手くとっておられるらしい。
そうは言っても、
多透は、自営業な為に、時間境界線が曖昧模糊であり、
その為に本分と趣味との“輪っか”を見失い易い日々。
いろいろと痛恨実感。
オーケー、ジョニー。
おまえは、旅を日常に拡大してしまった。
おまえは“輪っか”の外に出てしまった。
それが良い事なのか、それとも悪い事なのか、解らない。
おまえは、おまえの旅をゆけ。
俺は、ヌルいオタクっぽく生きてゆく。
だってさぁー。好きなもんは好きでいいやん。らんらら〜♪
あっはぁぁん。
(↑借りていた『まりんとメラン』のビデオを見終わっているらしい)
(↑いずれにせよ、ええ歳こいた野郎がクチにして良い言語ではない)
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『プティオンギー』20011116/000355
子供の頃から、親父には、
『やる事やってから遊びやがれ』と言われ続けてきた。
同様に、言われつづけてきた事で他に思いつくのは、
『待ち合わせで人を待たせるな』ぐらいだ。
自営業者になって、自分の責任が明確になってくると、
それぞれの大切さが今更ながらに痛感の連続だ。
どちらも、それほど厳守できているとは自分でも思えない。
“ありがたい”と“すみません”の心境だ。
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『しものせばし』20011116/000355
【8月19日(日)】(60)エピローグ編
オーケー、ジョニー。
お互い、いい歳だ。
日本は、平常を生きるには実に平和でいい国だ。
けれど、いつだって責任は接続されてる。
現代日本では、国民皆保険制度によって、健康保険証1枚あれば、
誰もが時と場所を問わずに必要な医療行為を受ける事ができる。
当たり前というものは、いつだって見えにくいが、凄い制度だ。
世界トップレベルの長寿国は伊達じゃない。
しかし、厚生労働省と財務省が“来年度”から実施するとして示した、
医療制度改革“試案”では、一層の患者負担金増が数多く盛り込まれてる。
1ヶ月の上限負担額が3000円からイキナリ72300円ってのはキツいよなぁ。
それでなくても、この不景気だ。
資格を取っても、もぅ一度学業をやり直そうとしても、頑張っても、
それがその先で稼ぎに繋がるかどうかなんて誰も保証してくれない。
1997年、消費税の引き上げと医療費の窓口負担は一緒の年に実地された。
あっという間に景気は冷え込んで、金融機関の破綻が続出しだした。
そりゃそぉだろう。
病気したら今まで以上にカネが掛かるのが明白なら、消費より備蓄だ。
オーケー、ジョニー。
おまえは旅先のラーメン屋で、
油の粒子が染みた新聞にそれを読んだだろうか?
社会派を気取るつもりはない。
だって、そんな事ぐらい誰でも手に入るニュースだから。
オーケー、ジョニー。
親だからエラいって訳じゃないのは、世間の犯罪を見てたら解る通り。
けれど、おまえはそうして無事に成長して旅に出ている。
色々と事情は在るだろうが、許容範囲の親なんじゃないか?
俺達は、
自分に自信の無いとき程、ちいさなマスで世界を見てしまいがちだ。
誰かの成功面だけを羨ましがったり、見もしてない部分をけなしたり。
そりゃぁ、モビルスーツの操縦が上手いとか、腹からビームが出るとか、
そぉいうのんは俺も凄いと思う。
けど、
好きな事も嫌な事も良い事も悪い事も、みんな乗り越えて、
何十年も人間の世話をするってのは、本気で凄い事だ。
当たり前というものは、いつだって見えにくいが、
俺達は、てめぇのクソの始末さえ自分でできない時があったんだ。
俺達は、歳くった親を支えていけるかなぁ?
オーケー、ジョニー。
親を喜ばせる事のできるオトナになるのは難しいだろうが、
親を泣かさないオトナになれるよう生きようや。お互い。
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『寒風ジョニー』20011117/000356
【8月19日(日)】(61)エピローグ編
オーケー、ジョニー。
おまえは旅立ちに際し、
“世界一周”という大風呂敷を広げてしまった。
その意気や、良し。
されど、おまえを旅の途中で目にする通行者は、
それが成就されるとは思わない者が大半だろう。
「サムい」「ウザい」
そんな表層的な借り物言葉で、軽々と片づけられるだろう。
おまえの武器たる自転車は整備不足のようだ。
おまえの旗印に書かれた“世界一周”は下手な字だ。
それに、なにより、
見ず知らずの他者の成功をイキナリ祈ってくれる人間は少ない。
マイナスイメージとしてのナルシシズムや誇大妄想は嗤い易い。
けれど、自分に酔う事も出来ずに自分を守れない。
それに、自分に酔う事も出来ずに成長なんて出来やしない。
きっと、健全に馬鹿げた野心こそが面白い。
オーケー、ジョニー。
世界情勢も変わったし、変わってゆくし、
長い残暑もようやく冬の空気を取り入れている。
おまえはもぅ、もと居た場所に帰っているのかも知れない。
行動至上主義を嗤うのは、行動しない誰かと行動しない自分だ。
オーケー、ジョニー。
途中放棄であれ、途中休息であれ、
おまえには“始めた日”が在った。
それは、何も始めなかった自分に対して、エラそうに出来る事実だ。
いつか振り返るなら、
“途中でやめた自分”より“始めた自分”の記憶を触れ。
俺はそうやって、気楽に楽しく生きてゆく。
コタツの、ぬくぬくっぷりを満喫してやる。
寒風の中、ガシガシとペダルをこいでくれ。
まかせたっ! まかせたからっ!!
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『星夜アーカイブ』20011118/000357
『しし座流星群』を待つ為、夜更かし三昧。
スカルピーをコネつつ、TVを流し見。
特に番組の選択野望が無い深夜は、やはりNHK。
午前3時ぐらいからの『映像散歩』は文字通りのBGVとして良好だ。
世界と日本の風景が、時には記憶を揺さぶられる音楽と共に流れてゆく。
『NHKアーカイブス』は、
NHKが持つ膨大な映像資料を再放映してくれる。
文字通り、“記録庫・保管庫”の閲覧だ。
2001年4月から現在進行中の二期目は、
「テレビの青春―日本の自画像―」というテーマから解るとおり、
好みでありながらも、深夜に見るには結構ハードで・・・腹に来る。
その為、どぅしても気乗りしない時はチャンネル変更。
しかし、今回は、なん、と・・・
偶然にも、『少年ドラマシリーズ』の再放送に遭遇する。
『タイムトラベラー』最終回「タイム・エネルギーの謎」と、
『ユタと不思議な仲間たち』が、突然に眼前、に。
前者は、局にも映像が存在しなかったものを、
民間の方が所蔵されていた最終回ビデオをデジタル修復した逸品。
たしか、最近になってDVD化もされていた筈。
いつか見たいと思いつつ、“いつか”を先延ばしにしていたものが、
来訪する夜。
後年の、
『幕末高校生』『七瀬ふたたび』『クラインの壺』とかならともかく、
『タイムトラベラー』は、
流石にリアルタイムで見ていたような年齢とはズレる。
しかし、60・70年代好きの身には、
脳内の軟質領域をワニのウロコでなでられるような悦楽。
タイムジャンプ時に、明度が反転して真っ黒な顔面になるのが良い。
手持ちカメラの微妙なぶれ。
当時は前衛的であっただろう、
そして今においては多用されなくなったズームイン・アウトの瞬転。
時間をモザイク化したようなカットバック。
そこかしこに香っている、“見ていなかったのに懐かしい何か”・・・
しかし・・・
“そこ”に共感していても、
リアルタイムで“経験”してきた方々の“思い入れ”には密接できない。
数値化も言語化も不可能な感情が厳然たる誤差をつくるのだ。
自分の経てきた時間に対する“思い入れ”は、世代の輪郭を形成する。
嫌悪ではなく、皮肉ではなく、それが在るからこそ面白いのだと思う。
まぁ、オタクフィールドにおいては、
その“思い入れ”を、
奇妙なまでに自分自身の価値と誤解してしまう事もあって、
猛省する事も多いのだけれど。
しかし、
“見ていなかったのに懐かしい何か”を・・・
茶化したり皮肉ったり馬鹿にしたりする事で、
薄っぺらな得心を得ようとするでもなく、
ただ、受け止める事のできる、
年相応の呼吸ができている自分に気づくと安心する。
時間のカタマリやナガレを思案しつつ、
凛とした冬の空気を見ると、
46億年前の情報を内包した33年ぶりの彗星が、
空に流星を放つ。
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『多透夢想、北へ』20011119/000358
『ユタと不思議な仲間たち』は、
題名の奇妙な韻に惹かれて、原作小説を読んでいました。
映像化されている事も知ってはいたんですが、
流石に近場のビデオレンタルでは発見できずじまい。
『劇団四季』が、
日本原作ミュージカルとして熟成を重ねてくださっていると、
そういう評判も耳にしてはいたんですが・・・
高校生の時、ちょっとの間だけ・・・
学生劇団のお手伝い(という程に役に立っていない)をしてた事もあって、
もしも観てしまったらば、きっと・・・
劇場通いな日常が来てしまうのだろうなぁ、と、期待と不安。
しかし、それも現実化しないままに早幾年。
【物語】
東京から東北の温泉村に引っ越してきた小学六年生の勇太(ユタ)は、
ひ弱な都会っ子。
村の子供たちとも急激な環境の変化とも馴染めず、いじめに遭う。
生きる事の痛みに押しつぶされそうなユタ。
しかし、ある夜・・・
「ワダワダ、アゲロジャ、ガガイ!」
呪文と共に不思議の扉が開く。
現れたのは、5人の座敷わらし達だった・・・
・・・と、
“座敷わらし”の由来を御存知の方は、
物語構造が見えたのではないでしょうか?
そう・・・“
奪われた命”である座敷わらし達が、“今ある命”に対して送る、
「生きとけよ」というメッセージが軸です。
今回、偶然にも目に出来たNHKの映像作品では、
元々が直球感覚のテーマなので、声高く多弁になるよりも、
映像の積み重ねで静かに物語るという形式は好印象。
(言葉の積み重ねであるミュージカル版も、
観れば、きっと好きになるかもですが・・・)
あと、佐藤蛾次郎さんの怪演とか、
女子大生役でチョっとだけ出てくる、
鵜飼(フラウ・ボゥ)るみ子さんとか・・・
いろいろ見所も多いのですが。
なにより東北の風景が素晴らしく、
その中での“生”こそが主役という感じでした。
実は、多透は、日本列島で北方へは新潟までしか到達しておらず、
東北と北海道には未だ旅した事がありません。
身の回りに、東北ご出身の方々は結構おられるので、
憧れを増大させる情報だけはよく入ってきて夢想は膨らむ膨らむ。
そしてこうして、物語の中で、その“空間”に惹かれると、
こりゃもぉ、「そろそろ行っておかねばっ!」
・・・と、瞬間やる気湯沸かし。
むぅ・・・正月休みにでも画策してみますか・・・
ぃや、実は今年の年始にも画策してて、
どぅにも時間配分ができなかったのですが。
仙台・名古屋間の長距離フェリーが、三が日に運休なのが辛いトコ。
宮城県の『石森章太郎記念館』にも参拝したい夢想なんですが・・・
あと、山深く雪深い風景の中で温泉入ったり、荒海見物とか・・・
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『みちのく忍法帳』20011120/000359
行くか!みちのく!!
・・・と、正月三が日休暇計画を意気込みつつ、検索してみる、と、
『石森章太郎記念館』は年明け4日から開館。そりゃそぉだわなぁ。
あと、やはり長距離フェリーは日程が合わず。
逡巡する多透の前に、『東京ディズニーシー計画』の噂さえ現れる。
はたして、今度の正月休みは何処をうろついているやら・・・
今年は、日記に書いていないトコも含めて、よく遠くへ行った。
やたらと温泉ばっかし入ってたような気もする。
来年はもっといろんなとこをまわろう。
もっと遠くへ行って、そして帰ってこよう。
あと、
長距離フェリーを検索して良かったのは、
あの『さんふらわあ』が、
実は良心的な運賃で乗せてもらえると解った事。
ひと晩かけて大阪から別府とか新門司とかに行っても1万円以内。
『日本長距離フェリー協会』
http://www.fune.co.jp/L.CFerry/
こりゃ、連休ある時に行くしか!
たとえ、現地に“でん”して帰ってくるだけだとしても!!
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『流星ジョニー』20011121/000360
【8月19日(日)】(62)エピローグ編
ちなみに『しし座流星群』は、
雲の多さゆえに、40分程で25個を視認した時点で就眠。
午前2時頃には、空一面の雲が見えていたので、
「こりゃだめか?」と、
山梨県山梨県八ヶ岳からのネットライブ映像でキモチを鎮める。
されどムセかえるような欲求を抑える事はできず、
やはり眠れずに空を見る。
実は、運良く、ウチには東側に見通しの良い窓が在る。
ヨノナカには氷点下の中で観察中の方々も居られるのに、
ボクだけが冷やした『お〜ぃお茶』を飲みながら観ていて良いものか?
斯様に根元的な謎を脳内に含みつつ、ぼぉーっと空を見る。
流星を観るには、望遠鏡で視野を限定するよりも、
空を大きく見ているほうが良いというのが面白い。
今年は、何度も実感させられた。
旅の中だろうと、日常の中だろうと、
“広さ”を感じる事は大切なのだと。
“広さ”は気持ちいい。
オーケー、ジョニー。
おまえは流星を見ただろうか?
そんな情報を脳に入れずに、
ただ走っていたのかも知れない。
ただ眠っていたのかも知れない。
チチ座流星群を見ていたのかも知れない。
チッチとサリーを熟読していたのかも知れない。
チチ松村氏の幻影を見ていたのかも知れない。
オーケー、ジョニー。
生きろ。そしてチチをもめ。
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『ロングロングみちのく』20011122/000361
サマザマな政治的かけひきが錯綜する中、
『ノーチラス号に乗るのは“ぬくい”時期こそが望ましい』
との意見がメインストリームを占めはじめる。
ならばっ! と、『みちのく計画』を検討するものの、
やはり陸奥は遠い。
船旅に憧れがつのる昨今、やはり4日間は欲しいところだ。
日数が許せば、大阪→鉄道で名古屋→船で仙台→鉄道で秋田→船で敦賀、
というのもしてみたいが、流石に休めない。
ここはやはり『さんふらわあ』に乗りなさい、鉄郎。
太陽マークの船で、九州まで往復するのんです。
ぅむ。
九州は結構うろうろさてせもらってきたが、
やはり、今現在の目で見たい所もあり不足なし。
到達地の選択肢は・・・
小倉・・・いゃ、別府かッ! 別府温泉かっ!?
船の上で日の出見て、別府温泉入って帰ってくるか?
10年前、高千穂への途中で通ったものの、温泉は未体験だ。
ついに、国際観光温泉文化都市の酸素を吸う時が来たとゆうわけかっ?!
たしか、海岸で砂浜に埋まる砂風呂も在った筈。
指宿で15分しか入ってられなかった雪辱を晴らす時が来たのんか・・・
ぃや、だが、まだ、正月早々に温泉が営業してくれてるかどうか・・・
謎は謎を呼ぶばかりです。
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『ジョニードリー夢』20011123/000362
【8月19日(日)】(63)エピローグ編
オーケー、ジョニー。
旅立ちの昂揚に酔いながら、おまえはナニを夢想しただろう?
つぃ、『俺の空』全巻を読破してしまったりしただろうか?
オーケー、ジョニー。
いく先々で待ち受ける、スリル!あんどサスペンス!そして恋!
だが、
おまえはもはや、その夢想を嗤う事は出来ない。
如何に脳内といえども、
夢想文章の末尾にカッコして“イタタ・・・”と書き加える事も。
もはや、旅の中に居るからだ。
旅の中では全てが自分に返ってくる。
“ひとりボケツッコミ”は禁じ手となり、
自分に照れ笑いしてもむなしさがつのるばかりです。
真ッのストーリーテラーたりえる者は、
そのような些末を乗り越えた者なのだ。
それは、創作物語であろうと、実人生物語であろうと同じ事。
酔えもしない者は、酔えもしない人生で他人を嗤って終わる。
オーケー、ジョニー。
今、おまえは酔っぱらえ。旅に。
だが、風呂には入ろう。
風呂に入らない男がモテた例は少ない。
俺の知る限り、有名人では星野鉄郎さんぐらいだ。
旅先でモテモテだ。
しかし、逆説的に熟考してみると、
各地温泉めぐりは恋のチャンスだ。たぶん。
だが、気を抜くな。決して抜くな。
個性を希釈した人の良いだけのキャラクターが、
ラブコメの主役基調と成りうる現代世界に失望するな。
月光の中、通り過ぎる車も無い湾岸道路で、
ただひとり自転車を走らせるおまえの前に、
なんか女神さまとか半裸宇宙人少女とかが、
突然に一目惚れして下さる可能性を信じろ。
ぉお、そうだ。
おまえの乗る自転車が、
ある夜突然に美少女へと変形してくれるやも知れぬ。
【設定】
累積発電量に応じて変身可能時間が変化するので、
昼間でもライト・オン!!
無理にバッテリーを搭載しようとして変身不能になるイベントあり。
でも、落雷のヱレキで復活。
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『チャリプリ』20011124/000363
西暦200X年。日本は不況の嵐に包まれた。
競輪業界もまた、その影響を被り、
幾つもの競輪場が閉鎖される事となった。
だが、ある流星雨の降る夜・・・
7つの光球が天空へと飛翔する。
その光球が、閉鎖された競輪場から旅立った事を、
人類は、まだ、知らずに居た・・・・
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『銀輪巡礼☆ちゃりんこプリンセス』
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銀輪ジョニー(仮名)は、なんのへんてつもないオタク青年である。
だが、
彼にとっての珠玉のコレクション群が、お母んに捨てられてしまった。
カラッポになった部屋で、ジョニーは自分がカラッポなのを知る。
今まで自分を支えていたものは、自分自身ではなく“モノ”だったのだ。
どぅする?どぉなる?消費税。
ジョニーに残された道は限られていた。
イエモン(家の中モンスター)進化してヒキコモジョニーになるか、
はたまた、青春の旅立ちか。
ジョニーは、発作的に自転車を駆った。
走って走って走りまくっているうちに、どんどん家は遠くなった。
そして・・・
ある夜、無計画な行軍がたたり、名も知らぬ海岸で野宿のジョニー。
珍妙な発光現象の果てに、停めていた自転車は美少女に変身するっ!
月光の中、ジョニーはルナティックな気分になる。
旅立ち前に粘読していたヱロマンガの数々が走馬燈のように浮かんだ。
でも、友達からはじめる事にした。
そぅ・・・
ジョニーはまだ、何も知らなかった・・・
彼女が銀輪天使のひとりである事も、
銀輪天使が競輪界の栄光を司るという事も、
競輪の灯を消さない為に四国四十八カ所巡りをしなければならない事も、
ほかの銀輪天使たちとの激しくも美しいレースが始まっていた事も、
女の子がなにでできているのかも・・・
「ぼ、僕なんかと、一緒に旅をしてくれるだって?!」
『はぃ、ちゃりっと行きましょう!』(定型句)
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『とりあえず遠くへ』20011125/000364
正月ぶらり旅の夢想、いろいろと更新するも、
やはり東北は遠いと実感せり。
行きも帰りも船中泊で九州往復を最終選択肢としつつも、
夢見ていた砂風呂が・・・
改装工事の為に12月から来年4月まで休みと判明。
寒風吹きすさぶ砂浜で埋まりたかったものよのぅ・・・
むぅ・・・
2001年の正月は、四国を3分の2周というそれだったので、
やはり東方・・・しかも昨日よりも遠くへ。
とりあえず遠くを見ろと染み込む聲が聞こえ・・・
それゆえに、しぶとくも、
東北へ3日間内に往復し温泉のひとつぐらい入れる策を探る。
すっかり船旅がしたい気分にはなっていたが、
ここはひとつ視点変更して長距離バスをも検索。
ぉお!大阪→仙台も在るではないですかっ!!
(正月に動いてくれてるかどうかはまだ電話確認未遂)
仙台から秋田まで更にバスで3時間台だというので、
行った事のない遠くに触れて温泉はいって帰ってくる夢想出現。
まふーん。(バス路線リストをスクロールしているらしい)
・・・・・仙台←→大阪の上方に、
仙台→青森が約4時間なる情報がっ!!
ぽふーん。(なんか夢が広がったらしい)
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『やたらバス移動予想』20011126/000365
東北への旅を画策しつつ、時間配分に苦闘。
そんな中、
1月1日出発で、沖縄4日間49800円(諸税費込み)を発見。
・・・あかん!部屋わりの都合で2名以上からの申し込みや!!
・・・あかん!心当たりは飛行機を怖がる人ばっかしや!!
・・・やはり、ひとり旅でプラリと気楽に行くかぁ。
上手くいけば、
長距離バスだけでなく、連絡船に乗れる可能性も出てきたので、
未体験Zoneである北海道にまで“でん”できる可能性も出てきたし。
住んでる人には当たり前でも、
こっちにとっては吸った事のない空気を、
吸うたりはいたりしつつ歩き回って、
淡い恋の予感にカラブリを喰らったり、
“【弱点】さむさによわい”を克服できたりできなかったりしつつ、
温泉でのらりくらりと足を休めたりしてみよう。
なにはともあれ、
来年のカレンダーに熱視線を送ると、
なぜか、暦の上では3連休がないものの、
来年は2連休がやたら多いので、旅もっと増やす野望。
どこまで行けるんか解らへんけど、
どこへでも行くさぁ。
ネット使用目的のひとつとして、
旅計画検討が定着してきた今日この頃。
細かな時刻表までが自室や職場から検討できる時代が、
いつの間にか来てしまっていたとは。
ドブ川にハマって下半身ドロまみれになってたガキが、
電子頭脳で温泉地を探してるとは。
・・・SFだなぁ。
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『距離とて好日』20011127/000366
十年来の友人と、久方ぶりに電話で話しました。
普段、自宅の電脳に触れる時間が休日しかないらしいのに、
その貴重な時間の一部で、この日誌を読んでくださっているとの事。
感謝、感涙であります。
それは、
ここに来訪してくださっている皆様にも同様の心情です。
ホームページを始めてから、
いろいろなメリットを実感させていただいているのですが、
普段会う事が物理的に出来ない遠方(含む海外)の旧友と、
メールで再会できるというのは面白く嬉しいものです。
今年はなんだか、ちいさなものも含めて、
ふらふらと旅ばかりしていたような気がします。
それを“助走”でもあったと来年は言えるように、
遠くから近くから見ていただいてる方々にも見せれる(ら抜き)ように、
なんだかアップロードしそこねている、
模型画像とか文章とか楽描き等も頑張って【以下略】
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『くろわらい仮面』20011128/000367
そのように感謝しつつ、
旧友と話した事のひとつが結構良いブレインストームになりました。
やはり、肉声で意見交換するのは良薬だと実感したしだいです。
話した事は色々あったが、
そのうちのひとつに“ブラックユーモア”というものも在りました。
どうも・・・
“ブラックユーモア”と言うと、
そこに、
“ウィット”とか“エスプリ”とか“小粋”とか“パリジェンヌ”とか、
いろいろとステキ連想してしまいがちです。
しかし・・・
これは、まぁ、仕事を含む日常で、
何千人かと対話させてもらってきた結果の、
現時点での実感なんですが・・・
日本人は文化的・心情的に使いこなせないような気もします。
“ブラックユーモア”なんてものは、きっと。まだ。
多透は、ここでも幾度か書いたりしている通り、
“人間としての成長は視点の多角化だ”と思っています。
ひとつの物事・言動を多角的に解釈・把握する事で、
誤解や争乱を回避し、自己を深める事が可能だと思うのです。
ですが、まぁ、
人間は普通、日常会話においてそこまで深く考えません。
“ブラックユーモア”だと信じて言葉を吐いてる時にも、です。
自分の虚弱なプライドを鼓舞しようと空回りする者ほど、
他者を否定しようとします。
何かを否定できている自分という、強さの幻影に酔いたいからです。
多透自身が、そのような部分を持っているから、良く痛感・実感します。
“ブラックユーモア”を使おうとする者は、
それが“機知に富んだ思考表現”だと思っています。
しかし、考えてみましょう。
判官贔屓・弱者救済・道徳・・・そういう、日本人的な基礎心情。
そういう基本旋律が我々に流れている限り、
“ブラックユーモア”は、
吐き手の思い通りに受け取られる事など、まず、無いのです。
たいていは、自分の中で空回りの自己満足を得るだけで、
相手には失笑や軽蔑しか与えていない場合が大半なのです。
オタクフィールドで安穏としている時の多透は、
知識が豊富なように自惚れつつ、
実は借り物の言葉でしか自分を語る事の出来ない事に無自覚です。
それで、どこまで“ブラックユーモア”が、
使いこなせるというのでしょう?
人間の尊厳に対する、自分自身の主義主張に照らし合わせた、
それらの確固たる認識が前提にあり、
そこに潜む人間の矛盾や悲哀や滑稽を指し示す為に、
“ブラックユーモア”という器を用意するでもなく、
表層だけで言葉を操っている誤解にしか基づいていないならば、
そんなものは“ブラックユーモア”なんてものではありません。
単なる世間知らずの“戯れ言”でしかないでしょう。
まぁ、あれですな。
“ブラックユーモア”と自己認識しながら、
“ブラックユーモア”で切り替えされた場合に動揺してしまう。
このへんに、多透自身も含めた、
オタクフィールド在住者の言語能力弱体化を見るような気がします。
えーっと、えーっと・・・
・・・あかん、
ブレインストーミングを自覚てきてると思ってても、
いざ文章化するとなると、スキルが付いてきてくれなひ。
“ブラックユーモア”を思考する事が、
他ならぬ自分に対する“ブラックユーモア”になってしまっているとゆぅ、
・・・オチか。
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『グンナイ80’S』20011129/000368
【8月19日(日)】(64)エピローグ編
オーケー、ジョニー。
オタクフィールドでは。本音よりも記号が優先されがちだ。
本音を言わなくても、雑誌やネットの聞きかじりの断片を、
クチに乗せて転がしてるだけでも場はしのげる事が多い。
自分に自覚が在るから、よく解る。
自分が“ブラックユーモア”と思っている言葉も、
実はそれが相手への甘えに依存している事にも気付かず、
まれに真実を告げられたとしても、当惑や反感だけで終わってしまう。
何か、触れられたくない真実を告げられた時も・・・
「うぜぇ」「氏ね」「イタタ」・・・と、
自分の薄いプライドを保ちつつ、その場しのぎの安定を得るのに、
便利な言葉は沢山在る。
オーケー、ジョニー。
自身に自覚が在るから、よく解る。
もっと、もっと、自覚する事を先延ばしにして生きるほうが、
きっと、もっと、楽だ。
互いの尊厳を認識するがゆえに痛みを指摘できるような、
友としての仁義を現実に展開なんてしなくても、
虚構の中に活躍する“ステキな仲間タチ”を、
自分という視点無く客観的に見ている方が楽だ。
リアルな体温を合わせた充実したSEXよりも、
エロマンガで即席勃起の方が手間いらずだ。
自分の足で荒野に立つよりも、
そんな映像を見ているだけの方が寒くも辛くもない。
老いてゆく親や、老いてゆく自分を考えるよりも、
萌えキャラの事だけ考えている方が辛くない。
“◎◎属性”“◎◎萌え”と、
他人や自分を定義づけして、それで得心して、
そのルールに沿って遊んでいる方がずっと楽だ。
自分自身の空洞化を見ないふりして誤魔化して、
外部からの表層情報で脳内を飽和させておくのは、
傷を見ずに済むから、とても楽だ。
けどなぁ・・・
俺達は、もぅ、30年以上も生きてきたんやから。
そぅいうのは若ぇ奴らに任せて、もちっと先を見てみよぅや。
オーケー、ジョニー。
あの、熱病の中の祭のようだった、毎日を。
あの、陽射しの中でクチいっぱいに含んだ海水のような昂揚を。
あの、記号だけで遊べていたフェスタの頃を。
あの、根拠の無い、実現する事も無い思いつきだけで遊べてた頃を。
あの、80’Sを知っている筈の、おまえなら解るだろうか?
俺はね、
なんかねぇ・・・
80年代にオタクフィールドで酔っぱらって、
90年代は2日酔いで、そしてそのままで、
今まで来てしもぉたような部分が自分の中に在ると思う。
ぃゃ、ただ単に思うだけでなく、実在する。
でったいに!
(【注】“でったい”は“絶対”の関西弁的強調口語表現。局地戦仕様。)
オーケー、ジョニー。
誰かって、似たような部分は在るのんかも知れへん。
そのまんまのほうが幸せなんかも知れへん。
いゃ、
きっと、それはそれでシアワセなんだろうと思う。
けれど、
もぅ、うらやましいとはおもわない。
なんも考えんと酔っぱらったまんまよりも、
当たり前の日常と未来を自覚して楽しんでゆこう。
・・・・・っと。
オーケー、ジョニー。
おまえは、そんな風に煮詰まって自己格闘しながら旅をゆけ。
さむいひがつづきますがおからだだいじょうぶでしょうか。
かぜなどひかれぬようおきをつけておみおつけをたべてください。
俺はコタツで楽しくオンナノコ人形をつくる。
おたがいにがんばろう。
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『城崎から』20011130/000369
夏の終わった筈の九月。
米国で同時多発テロが起こる前の休日。
1枚だけ残っていた『青春18きっぷ』を手にして、
18時間で大阪から城崎まで往復日帰りした時の、
何処かにいっていた雑感メモが、不意に見つかる。
相変わらずの乱筆で、解読不能の部分が多い。
やはり『iBook』買うか?
城崎温泉自体よりも、
レンタサイクルで走り回った数時間のほうが印象に残っている。
自己筋力で旅先を高速移動するのは、徒歩とは違った魅力が在る。
ゆったりと広く広く流れる円山川の河口から玄武洞までの間を、
回り道ばかりして走った。
海水と淡水の混じり合う汽水域でフナムシを見つける。
釣りをする少年の横を通る。
誰も居ない畑。
マツムシが「ズイーッチョ」と鳴く。コオロギが草陰に居る。
ハシブトガラスがこっちを見る。
朽ちかけて渡れない黒い木の橋が在る。
自転車を降りて、挑んでみるが、きしみがキツく断念。
時間があったので、川のほとりでメモをとる。
白く大きな鳥が、その橋に、ふわりと留まる。
サギだと思うのだが、何か印象が違う。
近くでコウノトリの保護施設が在る筈だが、
まさかそうではあるまい。
先刻、温泉街の外郭を走った時、幾つかの廃屋を見つけた。
時間と埃の匂い。
異様に鮮やかな青色の鳥が、河面をかすめて飛ぶのが見えた。
雲が早くない。
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