2003-12/20(土)

もしもマラソンで…(五輪選手選考に思う)

 今朝の朝日新聞のスポーツ欄には「アテネの風」というコラムで「卓球、切ない代表選考」として、福原
 愛1人だけのアテネ五輪アジア予選出場の件が取り上げられていた。事前に発表されていた選考基準
 (選考会の実施など)を覆す、という「あの決定」から今日でちょうど1週間。俺個人としては、むしろ
 同時に公表された世界団体のメンバーの方に思うところがあったが、世間一般的にはやはり五輪の方が
 注目を集める。で、今日の新聞記事を読みながらチョット思ったのは、マラソンの選手選考のこと。
 高橋尚子と福原愛は、「随所で証明されている実力(潜在能力)」と「国民的認知度(人気・マスコミ
 へのアピール度)」という意味で共通するところはある。日本陸連は3レースくらいを五輪代表選考
 レースとして指定し、その結果を元に選考をする方針だが、ある日いきなり選考レースの指定を取り止めて
 「高橋尚子を代表にする。他の選手はアテネ五輪に出られない」と決めたら、どうなるか?。きっと、
 世間は大騒ぎになるんだろうな。それは、高橋で良いとか悪いとか、福原で良いとか悪いとか、そういう
 ことを越えて、(そういうことの前に)、選考会を目指して努力していた多くの選手達から、一方的に
 そのゴールを取り上げてしまうという「契約違反」のようなものだから。今回の福原の件が、世間で
 それほど大騒ぎになっているわけでもなく、むしろ「アラ〜。愛ちゃん、よかったわね〜」と言った
 レベルで認知されているのも、ある意味では卓球のマイナー性をあらわしているのかも知れない。
 今、福原自身は地球の裏側・チリで世界ジュニア選手権を戦っている。超人的スケジュールをこなし
 続けて奮戦する福原自身に何の罪もないことは明白だが、今後、いろいろな人の「やり場のない怒り」
 のようなマイナスのエネルギーを受ける不幸にあう可能性はある。不条理なことだけど…。


 オピニオンのページへ