2002-6/21(金)

得点制度について思う

 サッカーのワールドカップもいよいよ佳境に入ってきました。とは言え、日本は敗退し、この20日程、
 ほぼ毎日のようにTV放送を見ていて、若干飽きてきた感もありますが…。

 で、サッカーを見ていて思うのは、やはりその得点制度(得点が入りづらいルール)ですね。
 90分、とは言っても事実上2時間弱の長時間に渡り、ハーフタイムを除くとまとまった中断時間もなく
 断続的に続くプレーの末に、0−0のスコアレスドローとか、1−0とか。多くて2、3点で、5点以上
 入るのは例外的です。「人間が人間であることの最たる特徴 … 腕の使用」を制限したルールによって
 導かれた特徴です。実力はある陰の強豪と言われ、今大会でもベスト8入りしたアメリカでサッカーが
 メジャーにならない主因がここにあると言われています。即ち、バスケットボールやベースボールの
 ように、派手な点の取り合いにならず、面白くないと…。
 (話はそれますが、そう言えば、卓球も15年程前、故荻村氏が国際卓連の会長に就任した際、「卓球の
  メジャー化には超大国・アメリカの取り込みが欠かせない」として、日学連がアメリカ遠征を始め、
  毎年訪米していましたが、自然と下火になっていきましたね。やはり、卓球の土壌がないところに
  種を蒔くことは、効率は良くないし、大変なことです)

 で、本題に戻って、
 サッカーは得点の入りづらい制度に加えて、運が結果を左右する要素が大きいですね。ゴールポストに
 当たったシュートが、どっちに転がるかで結果は天国と地獄ですし、両チーム合わせて22人もいる
 選手を原則的には主審1人が審判しているのですから、微妙な判定で、明暗は分かれます。
 (また話はそれますが、サッカーの審判って、大変ですよね。いろいろ文句も出てる様ですけど、1人で
  22人も面倒見てられるか、って気がします。お茶の間劇場の人々は、スロー再生を見てから文句を
  言えますが、審判はその場で即判断しなければいけないわけですから…)。
 ゴールポストに当たったシュートは、卓球で言うなら、台のカドに当たった打球でしょう。エッジと
 サイドの微妙な差で得点が変わります。そこには審判の判定も当然絡んできます。
 卓球が21点制から11点制になった時、最も言われたのがこの点です。ネットインとかエッジの
 ラッキーポイント1本が、これまでは21分の1だったのに、これからは11分の1になる。重みが
 倍になる。1本の比重が大きい…と。しかし、サッカーはゴールポストから内側に転がったボールが
 1−0の全てになることがあるわけですから、その重みは11点制の比ではありません。微妙なPKの
 判定や、微妙なオフサイドの判定による得点取り消しなど、いろんなシーンを見せられてきました。
 そして、圧倒的に押していた試合でも一瞬で1点取られ、結局それが決勝点になることもあります。
 トルコに負けた試合は、ロビングに追い込んで連続スマッシュしていたのに、最後にロビングがエッジで
 入って、その1点で負けた1点先取制のような感じもします。

 得点制度は、点が少ない方が番狂わせが起きやすい。
 これは、「実力とは関係ない、ラッキーポイントが占める割合」という点から当然です。
 卓球が11点制になってから、波乱が以前より多くなったのは事実でしょう。
 ましてや、得点の少ないサッカーでは番狂わせが続出しても何の不思議もないのかも知れません。
 今回のワールドカップは波乱の大会と言われていますが、見方によっては、普通なのかも知れません。


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