2002・Jリーグ・第2ステージ・第14節
FC東京vs浦和レッズ戦

2002年11月24日(日)、Jリーグ・第2ステージ第14節・FC東京vs浦和レッズ戦が東京スタジアムで行われた。

ワールドカップイヤーながら今年は案外、スタジアムまで足を運ぶことは少なかった。これで2回目だ。(実際には、ワールドカップ明けの7/20(土)、FC東京vsジュビロ磐田戦を見ようと東京スタジアムまで行き、「チケット売り切れ。当日券無し」の門前払いで帰ってきたことはあったが…)。
ま、TVで6月の1ヶ月間、ワールドカップを見たし、いいか。

で、この試合は、FC東京の今季ホーム最終戦。dia obrigado(ディア オブリガード。何語か知らないけど「感謝の日」の意味)と冠されていた。(FC東京のホームゲームは、ほとんど何らかのサブタイトル付きでイベントがある)。今年、スタジアムに来たのは、FC東京の開幕戦とホーム最終戦の2試合だけとなった。

 (この写真は春先に撮影したもの。11/24は1日中、曇り)。

会場の「東京スタジアム」。3日前(11/21)に、命名権ビジネスのスポンサーに味の素が内定し、来年からは「味の素スタジアム」となるものと思われる。公共施設で命名権ビジネスの導入は国内初のこと。冠スポンサーは、慣れるまでは違和感があるが、ま、じきに慣れるだろう。「ナビスコ杯」というのも当初は変な気がしたが、今じゃあ完全に定着したし、卓球界でもクラブ選手権の「セブンイレブンカップ」というのも同様に定着しているし…。

前日、磐田の優勝(史上初の前後期完全優勝)が決まり、優勝にも降格にも絡まないこの試合は言わば消化試合。曇天下で冬の寒さもあり、「客も少ないのでは?」と思っていたが、3万6千人以上入っていた。ホーム最終戦のFC東京は勿論ながら、感心したのは浦和側。さすがはJリーグ最高のサポーター軍団と言われるだけのことはある。アウェイながら半分は浦和の入場者だろう(ということは1万5千人以上か?)。向こう側は真っ赤だった。
PM3時過ぎのキックオフ直後、3日前に急逝された高円宮・日本サッカー協会名誉総裁の死を悼み、1分程の黙祷が捧げられた。選手は皆、喪章を腕に巻いてプレーしていた。

 キックオフ直後の黙祷。向こう側のアウェイスタンドは浦和サポーターの赤一色。

府中に住んでいる自分にとって、当然、FC東京の方が地元で、一応、ホーム側にいたものの、実は日本代表もいないFC東京より浦和側にひいき目に見ていた気もする。特に、井原、福田というベテラン2人が戦力外通告を受けたとあって、「彼らを見るもの、これが最後か?」という思いもあった。(しかし、何でまだシーズンの全試合が終わっていない時点で戦力外通告とかするのかネ。士気にも影響するし、オフに入ってからやりゃあいいじゃん、と思うのは俺だけじゃないと思うが…)。

浦和の今シーズン(第2ステージ)、一時は首位に立つなど旋風を巻き起こした。途中から失速し、連敗で優勝争いから脱落したものの…。しかし、ナビスコ杯でも決勝に進出するなど、強かった。エメルソンはスピードがあるし、井原らには愛着があるし、オフト監督も、「ドーハの悲劇」時を思い起こさせてくれて懐かしい。ま、そんな浦和賞賛ばかりをしていても仕方ないのだが…。

で、ゲームの方は0−0のスコアレスが続く。「攻撃サッカー」を今年のスローガンにしていたFC東京は、決定機を外し、シュートできそうな展開なのにシュートしない。サポーターからは「シュートしろ!。シュートしろ!」の愛の鞭コール。しかし、エースの「KING of TOKYO」アマラオの故障交代などもあり、結局、0−0のスコアレスのまま、延長戦に入った。

 延長開始時のPM5時頃の様子。完全にナイター状態。

冬の日は短く、真っ暗の夜となったPM5:30頃、「このまま引き分けか?」と思われた延長後半13分。浦和ゴール前の絶好の位置でフリーキックを得たFC東京がこれを生かし、最後は福田のVゴールで勝った。

 試合のセレモニーでの原博実監督の挨拶。

試合後は、ホーム最終戦の「感謝の日」ということで原博実監督からの挨拶などがあったが、結果が勝っただけに格好がついていた。負けて挨拶だったらカッコ悪かっただろう。

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