自己紹介のページ
本 名 名乗るほどのもんじゃございません
生年月日 昭和43年(1968年)5月9日 年 齢 44歳
性 別 男 血液型 O型
現 住 所 個人情報のため、消しました
T E L 個人情報のため、消しました
E-MAIL a-tsune@suite.plala.or.jp
本 籍 地 愛知県
- 家族構成
- 父 利 雄(昭和12年12月1日生まれ)
- 母 富美子(昭和12年1月28日生まれ)
- 兄 靖 弘(昭和40年2月25日生まれ)
- 以上、3人はいずれも愛知県の実家に在住。
- なお、家族4人中、卓球に関わりのある者は、私のみ。
- 資 格
- 平成3年12月 卓球2段(名誉段位)
- ・・・学連時代の役員歴3年以上により取得。
- 平成5年 8月 普通自動車運転免許
- ・・・但し、必要も必然もないため(電車でどこへでも行けるし、車も持っていないし、買う金もないし)、免許取得後、7年以上1回も乗っていない超ペーパードライバー。よって 免許はゴールドカードの折り紙付きの無事故無違反・模範ドライバーではあるが、実際に運転させたら超危険!
- 平成6年12月 情報処理技術者システムアドミニストレーター (国家資格)
- ・・・唯一、一般世間に胸を張って言える資格。
- この他に、小学校時代に珠算(ソロバン)や習字を習っており、それぞれ級や段の資格を取ったが、何級だったか・何段だったかは忘れてしまったし、現在の自分の身にはついていないため(今やってみろと言われてもできない)、省略。
- 経 歴
- 昭和50年4月 愛知県海部郡佐織町立 勝幡小学校 入学
- 昭和56年3月 同 校 卒業
- 昭和56年4月 愛知県海部郡佐織町立 佐織中学校 入学
- 昭和59年3月 同 校 卒業
- 昭和59年4月 愛知県立 津島東高等学校 入学
- 昭和62年3月 同 校 卒業
- 1年間、空白期間あり(浪人時代)
- でも名古屋で行われたインカレを見に行ったりしていた。
- 昭和63年4月 専修大学 文学部 人文学科 入学
- 平成 4年3月 同 校 卒業
- 半年間、空白期間あり(就職浪人時代)
この間にバルセロナ五輪あり(1992年)。
- 平成 4年10月 東芝エンジニアリング株式会社 入社
- 平成 8年 5月 同 社 退職
- 1年間、空白期間あり(就職浪人時代)
この間にアトランタ五輪あり(1996年)。
- 平成 9年 6月 シダックス株式会社 入社
- 平成13年11月 同 社 退職
- 以来、空白期間(就職浪人時代)
この間にソルトレーク五輪あり(2002年)。
- こんな空白期間ばっかしの俺の人生。
しかも、「空白期間は五輪シーズン」のジンクス付き。
- 平成14年12月 某社 入社
- 13日の金曜日に入社。某部配属。
そして人生は続く。
- 卓球歴
- 昭和56年4月
- 中学校入学と同時に卓球部に入部し、卓球をはじめる。
- これ以前の卓球歴はなし。
- 以後、(浪人時代の昭和62年度を除き)大学卒業の平成3年度まで、一貫して卓球部に所属。
- 中学・高校は卓球無名校。そこでも団体戦メンバーに入れない程度の腕前。
- (昔も今もだが、回転がまったくわからん。よってレシーブができず、試合にならない)
- ただ、好きでやっていただけ。当然、実績はなし。
- 浪人の1年を経て、
- 昭和63年、あの日本一の伝統校・専修大学へ。
- 当時の主将は、男子・岩崎清信、女子・山谷(現姓・岩崎)弘子の、現在のご夫婦だった。
- 同期には、男子・田原直昌、江崎敏満、橋本正浩など、女子・村松由希子などがいた。
- 当然、チーム最弱ながら、1年弱(9ヶ月間)は選手生活を送る。
- 平成元年1月〜
- 専大の代議員として、4年生の板垣賢一氏に代わり、関東学生卓球連盟(以後、関東学連)の役員となる。
- 学連の同期生としては、相澤正人(明治大)などがいた。
- 同 年 7月〜
- 日本学生卓球連盟(以後、日学連)書記に就任(関東学連幹事兼任)。
- この年の日学連幹事長は高原祐紀氏(大正大)。
- また、この年から日学連が理事長制を採用し、武山嘉成氏(慶大OB)が初代理事長に就任した。
- 平成2年3月〜
- 日学連会計に就任(関東学連幹事兼任)。
- この年の日学連幹事長は広瀬仁氏(明治大)。
- なお、この年、日学連の事業改革案が成立し、東日本学生・西日本学生・東西優勝校対抗戦の3大会が、この年限りで中止となることが決定した。これに伴う、インカレと全日学の改革(試合方式・参加数等の変更)も併せて可決・成立した。
- また、この年は、次年度に幕張の世界選手権を控え、プレイベントが多数関東で行われ、異様に多忙な1年だった。
- 平成3年3月〜
- 日学連幹事長に就任(関東学連幹事兼任)。同時に、(財)日本卓球協会評議員なども務める。
- この年、4〜5月に第41回世界選手権大会が千葉・幕張メッセにて行われ、連日、下働きの役員として参加した。
- また、この年は、日学連の事業改革元年でもあり、インカレと全日学のみに絞り込まれ、スリム化した全国大会を運営した。
- 平成4年3月〜
- 大学卒業と同時に、学生役員を引退するが、会長推薦により、関東学連理事に残留。今日に至る。
- その他
- 趣 味
- 卓球観戦(上記でわかる通り)
- パソコンいじり(このホームページ開設で分かる通り)
- 音楽(CHAGE&ASKA、MrChildren、ZARD、B'Z、渡辺美里、大黒摩季、尾崎豊、あたり。歌うのは男のもののみ)
- サッカー観戦(ここ数年で新たに加わった趣味)
- 性 格
- 本人は真面目なつもりだが、周囲にそう評する人はいない。どちらかと言えば奇人変人の類として見られている。ま、そう見られても仕方ない一面があるのは事実。
- ヤル気があればあるほど、燃える。こういう時は熱くなりやすく他人に対して非常に攻撃的になる(喧嘩腰になる)。逆に言えば、おとなしくジェントルマンしている時は、ヤル気のない時。紳士的にヤル気があれば一番いいのだろうとは自分でも思うが、そこまで人間ができていないので・・・。
- 学校時代の勉強
- 文系人間で、好きだったのは人文系全般。特に社会。国語も(古文・漢文や文法以外は)得意だった(素直に現代文のみと書け!)。数学・理科・英語はまったく駄目だった。
- 健康状態
- 不健康。基本的に夜行性。前世はきっとイリオモテヤマネコだったのではないか、と勝手に思っている。
- ハンドルネーム
- ネットワーク上でも本名で名乗ることが多い。
- これは実名報道のジャーナリストのつもりのため。
- 記録など、客観的事実の報道の際は実名が多いが、意見などの場合は「ドン木方テ」 と名乗ることもある。風車に向かって後先考えずに突っ込んで行くアホな男、卓球界のドンキホーテという意味で。
→ (2005年5月19日)諸般の事情により、本名の使用は控えることとします。
→ (2007年8月15日)ハンドルネームを「ドン木方テ」から「道化師のツネット」に変更します。(理由は、2007-8/15の日記を参照のこと)