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2011年7月14日改訂
出発日:2008年4月6日(日)
帰着日:2008年4月13日(日)
JTB 旅物語
| バスでプノンペン市内観光に出かける前に、ホテルのロビーで寛いでいました。 | ||
| 朝日が当たった、ホテルの玄関。 | ||
前の日に観光するはずでしたが、暗くなってしまったためこの日の朝観光することになりました。 ロータリーの真ん中に塔が建てられています。 1953年フランスからの独立を記念して、1958年に完成したそうです。 歴史を知らないと、特に感銘するほどの建造物ではありません。 昨夜、ライトアップされていた方が感銘がありました。
| 独立記念塔の前で記念撮影。 | ||
| 独立記念塔の広場でスケッチ | ||
| 前の道を僧侶が傘をさして通り過ぎて行きました。 | ロータリーは、自動車とバイクの交通が激しい場所でした。 | |
| 独立記念塔のスケッチ |
ガイドの太陽君が、王宮の開門時間を間違えて、早目に着いてしまいました。 開門までの時間を、王宮前の川岸で遊びました。 これはこれで、結構楽しい時間でした。 王宮前の広場のやや上流で、トンレサップ川とメコン川が合流します。 メコン川は、カンボジアではプノンペンを境にして上メコン川と下メコン川と区別されることもあるようです。 川は、またすぐにバサック川と下メコン川に分かれます。 そのために、プノンペンという名前が付く前は、4つの川が交わる所という意味のチャトモクと呼ばれていたそうです。
| 王宮前の広場近くに、ゴミが散乱していました。 | お金を出して、ツバメ等の鳥を放して願い事をします。 | |
| 川岸に各国の旗が並んでいました。 | ||
| 王宮前の広場のスケッチ | ||
| ここはまだトンレサップ川と言って良いのでしょうか。 | ||
| トンレサップ川岸のスケッチ | ||
| トンレンサップ川 | ||
| 写生中です。 | ||
| 王宮を背にして | ||
| 王宮前広場のスケッチ | ||
王宮を背にして。 |
王宮は、もう目の前です。 |
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| 時間になったので、王宮に向かいます。 | ||
| 王宮のスケッチ | ||
| 王宮前の道です。 | ||
| 門衛の兵隊さんの撮影はOKでした。 | 王宮の門に向かいます。 |
| チケット売り場に猫ちゃんがいました。 | ||
| 王宮のハンサムなガイドさんです。 | ||
| 王宮内のスケッチ | ||
シルバーダコタの中は、残念ながら撮影禁止でした。 |
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| シルバーダコタの中では、靴を脱ぎました。 |
| ここにも猫ちゃんがいました。 | ||
約7時間をかけて、バスでプノンペンからシェムリアップに向かいます。 このバスによる移動は、JTBのツアーでも始まって2回目ということで、バスの運転手さんも道に慣れていないようでした。 プノンペンの市街地からトンレサップ川に架かる日本橋を渡りました。
| 日本橋(正式には「カンボジア日本友好橋」と呼ぶそうです)を、写真の右から左に渡ってシェムリアップに向かいました。 | ||
バスは、日本橋を渡り、しばらくすると農村地帯の景色に変わり、日本では見慣れない高床式の住居が続きます。 国道6号線は、上メコン川を右手に見ながらをほぼ北に進路を取り、途中でメコン川とは分かれて、コンボントムという町に向かいます。
| 農村に入る前は、車とバイクで道が混んでいました。 | 選挙が近いのか政党別の集会に人が集まっていました。 |
| 墓地です。 | メコン川が、とこ時右手に見えます。 | |
| 高床式の家が続きます。 | 白い牛が、草を食べていました。 |
| 雨季の前ですが、水がたまっていました。 | ||
途中、小さな市場でトイレ休憩をしました。 露天で果物や魚、などなど食材を売っています。 観光客の外人相手というわけでもなさそうです。 同行の方が買われたマンゴーを1つ分けて頂き、ホテルで食べました。 なかなか美味です。
| 露天の市場にて | 川魚の干物 | |
| 果物は豊富で、値段は安い。 | ||
| 肉類や漬物もあります。 | ||
プノンペンからシェムリアップに向かう国道6号線の最初の大きな町、コンポントム Kompong Thom の ARUNRASU というレストランで昼食を取りました。 「旅物語」のパンフレットに「クメール料理」と書いてありますが、ベトナム料理や中華料理との違いがよくわかりません。
| 魚のから揚げ | ||
| 鍋料理。 | デザートのバナナは青いが美味でした。 |
コンポントムを過ぎるとすぐに、舗装された国道6号線と分かれて、更に北上してタイ国境に至る道があります。 サンボープレイクック遺跡は、この道の途中にあります。 赤土が舞い上がり、対向車が通り過ぎると前が見えなくなりました。 雨季の頃は、泥だらけでまた大変な道になるのでしょう。
| 赤土の道 | ||
中田厚仁さんが殉死した地は、国道6号線からこの道に入りしばらく走った場所にあります。 小学校には、中田厚仁さんの記念碑や感謝の言葉が書いてあるそうです。
| カンボジアで殉死した中田厚仁さんを偲んで建てられた「アツ・ビレッジ」の小学校。 | ||
| Tourist Information Center の近くでトイレ休憩しました。 隣りに川がありました。 | ||
| 川のスケッチ | ||
| 暑い日で、子供達が水浴びをしていました。 | ||
サイボープレイクックは、7世紀初頭の首都に建てられたヒンドゥー教の古い寺院群の遺跡です。 森の中に点在する遺跡を歩いて見て廻りました。 早稲田大学が、調査をしているそうですが、修復が待たれます。 遺跡の駐車場に着くと、早速物売りの子供達がどこからとも無く現れます。 買ってあげたいが、生地が日に焼けた衣類などで、日本の土産にもなりません。 日本人の観光客は、まだ少ないせいか片言の英語で話しかけてきました。 必死で、これから商売に必要になりそうな日本語を覚えようとしています。 ワイフがアンコールワットのことを聞くと、女の子が知らないと答えたそうです。 例えは悪いが、明治初期に横浜の弘明寺観音あたりに住む地元の子供が、最近みかけるようになってきた外人に鎌倉八幡宮のことを聞かれて、知らないと答えたようなものでしょう。 生活に密着していなければ、どんなに有名なものでも子供達には知る機会がありません。
| 木の根に覆われた遺跡。 | ||
| 木に食べられた遺跡 | ||
| 多くの遺跡が、風化していました。 | 日傘が必要でした。 | |
| ガイドの太陽君です。 | ||
| まだお参りに来る信者がいるようです。 遺跡というより現役の祠でした。 | ||
| 祠の天井から日がさしてきます。 | ||
| 遺跡のスケッチ | ||
| 子供の物売りが最初から最後までついてきました。 | ||
| 低い塀のような建造物の間にある階段を越えて、次の遺跡に移動します。 | ||
| この日は、蒸し暑くて扇子も手放せません。 | ||
| 祠に蜂の巣がありました。 |
池のあとです。 |
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| 子供は、カメラに入ろうとしません。 エチケットなのでしょう。 |
| これはレプリカで、本物はプノンペン国立博物館にあります。 | ||
| 木に食べられた遺跡のスケッチ | ||
| 木の根っ子が遺跡を覆っていました。 | ||
この日の夕食は、アンコール ハワード ホテルのレストランでした。 これもクメール料理でしょうか?
| 揚げ春巻き | スープ | |
| 牛肉 | 昆布で巻いた蒸し物? |
アンコール ハワード ホテル泊
ANGKOR HOWARD HOTEL
NATIONAL ROAD NO.6 PHUM KASEKAM KHUN SPA NGA, SIEM REAP, CAMBODIA
TEL:(063) 965000
英文ホームページ: http://www.angkorhoward.com/
以下の私のホームページも是非ご覧になって下さい。
ワイフの里、水戸の宝石&時計 「エイ・ディーUENO」 のページ
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