7月16日(日) 合田家空襲に遭う。

大島から自宅へ12時ごろかえり 休みなしでそのあと家の用件で草刈にいく そう この炎天下に「草刈」こらえてください。

寝ているうちに草枯れてくれないかなぁ とか 北朝鮮のノドンぐらいが土地に落ちてこんかなあとか しょうもない事を考えながらしぶしぶする。 そう する人間は私しかいません 私がしないことには終わらないのです。当たり前か。

いやな草刈終了後風呂に入っていると 猫バス監督の招集電話 18時より 今回刀の手さまの実家が購入した住宅の取り壊し前の撮影 少しは休ましてくれといいたいが 大島の撤収中は爆睡していたので 申し訳なく参加(まあ好きなんですけどこれが) 今回の撮影は 、焼夷弾が合田家の屋根を直撃 瓦屋根をぶち抜くシーと あす17日の撮影準備でした。 今回大阪より久しぶりにキナコさんがご協力ご参加いただく。遠方よりごくろうさまです。

取り壊す予定の 想定:合田家

 

上空にB29でも飛ばしてみようかしら

 

焼夷弾にて貫通された瓦屋根

 

 

 

 

7月17日(月) 合田家空襲に遭う。(第二弾)

 

大島の撮影から精力的に撮影を続け 後は体力と精神力のみ 今しか撮影できない使命感でこの3日間を過ごす。体は睡眠時間をほしがっているようだが どうも脳のほうが火と煙と血で興奮状態か なかなか眠りに入れないので撮影風景を早速Upしておこう。今回「防空壕」撮影の為にわざわざ中古住宅をご購入していただいた刀の手さまのご両親にまず感謝 まずこのようなものが無い限り 好き勝手な撮影が無理だっただろう。おそらくかなりの時間と費用を浪費しセット組みをしなくてはいけない。またこの撮影後には取り壊されるので 家を燃やす以外は何をしても結構という 超太っ腹という配慮 大島でもそうであったように周りのかたがたのご理解ご配慮ご協力が無くては 到底無理な撮影ばかりであったがみなさまのおかげで充実したこの3日間過ごすことができたのである。あらためてこの場で申し分けないがお礼を申し上げたい

「みなさま ご協力大変ありがとうございました。今後ともより一層のご協力宜しくお願い申し上げます。」

原爆組会長吉原代クリオネの豚

 

 

合田家家長である勝男は防空壕内で産気づいた芳子のために産湯を沸かしている。戦中とはいえやはり孫の誕生はうれしいものであったが

 

いつもだと かなたに聞こえるB29の爆音が 今日に限って近くに聞こえるのであった。

神戸で被災し高松まで逃れてきた辰子は 芳子の着替えや もう生まれるであろう子供の産着を取りに帰ったが その時から合田家に悲劇が始まる

 

また 産気づいた芳子のために 産婆さんを呼びに合田家から出たマサは この時近づいてくるB29を知らなかった。

前置きが長くなったが これからが原爆組スタッフの腕の見せ所である。まず合田家を直撃した通常爆弾や焼夷弾が炸裂  

 

崩れたたんすが辰子を直撃 つぶれた頭からは 脳髄が飛び散り どろどろと鮮血が流れ出る。

完全に後頭部は跡形も無く脳髄と肉片に変わる

 

やがて 焼夷弾によって燃え上がる合田家

 

スモークマシーンとライトによって火災の演出効果

 

 

勝男は 炸裂した通常爆弾によって飛び散ったガラスの破片が頚動脈に突き刺さる。

血のりの入った7Kに加圧された消化用ボンベを背負い自ら噴射してもらおうとしたが

演技の妨げになるので直接ぶちまくこととなる。

頚動脈に刺さったガラス破片を抜こうとした瞬間鮮血が後方ふすまに遠慮なくぶちまける。

「マサ・・・・・・・・・・」勝男の断末魔である。

そして 落された焼夷弾は みるみる合田家を焼き尽くすのであった。

3日間というのは如何に短い時間であっただろうか いやまて 用意を含めてどれくらいの労力が必要であったのであろうか? 撮影を終え 準備から片付けまで 寝食を忘れついでに仕事も忘れ(ほっておき) 予想以上の撮影ができた達成感と倦怠感というものが いっぷくのタバコと口にするパンによってようやく終了したのである。しかし まだまだ撮り終えていないシーンはいくらでもある 何か終わりの無い作品ということは間違いないようである。

 

 

 

 

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