被爆者の被爆体験のお話
管理人が修学旅行で広島に行った際、平和学習の一環として原爆被爆体験者の方のお話を聞きました。
そのときの管理人が聞いたお話をWEBにアップすることにしました。ぜひ呼んでみてください。
「戦争の愚かさ」を知ってもらいたいというかたからボランティアで講和をしていただきました。
「相生橋を見て、その名前を覚えてほしい。」
8月6日AM8時ごろ、北東より1万m以上で2.3機のB29が広島上空に侵入した。
(当時はB29が世界最強・最高の銃爆撃機で、4個のプロペラがついていた
現在このシリーズはB52まであり、B52はアフガニスタンの爆撃にも使用された)
先頭を飛行し、原子爆弾「リトルボーイ」を搭載していた機体には、機長の母の名前
「エノラゲイ(Enola Gay)」がペイントされていた。
高度が1万m以上だと対空地上砲が届かず、さらにその高度ゆえ地上から気づかれずらかった.
相生橋上空でプロペラを全て停止し、急降下した。
上空8.500mまで急降下し、T字型の相生橋を標的にリトルボーイを投下した。
(リトルボーイは全長3m、半径70cm、4t)エノラゲイの乗員は10名あまりであった。
43秒後相生橋の南東、島病院(現:島外科)の上空567mにてアンテナが作動し、
上部と下部のウランが100万分の1秒で反応し、中性子、放射線を
撒き散らしながら3秒以内にウラニウム235が爆発し、ピカッ!と遠くまで光が届いた。
(工事中)
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